人類学演習・談話会

生理人類学からみるヒトの寒冷適応とその多様性

西村 貴孝 先生(九州大学 大学院芸術工学研究院 デザイン人間科学部門)

2024年04月19日(金)    16:50-18:35  理学部2号館201号室   

 ヒトは出アフリカ以降、寒冷化する地球上に拡散し、急速にその生息域を拡げていった。温帯で長く生息してきたヒトは暑熱環境には高い適応能を示すが、本来、寒冷環境に適応していない。従って、ヒトはその拡散の過程で寒冷適応が必須だったといえる。無論、衣類や住居の工夫による文化的適応もあるが、生理的な寒冷適応も重要な役割を果たしてきた。
 ヒトの寒さに対する生理応答は深部体温を維持するための恒常性維持反応である。一般的にヒトは寒冷刺激を受けると末梢血管が収縮し、体表面からの放熱を防ぐ断熱反応が生じる。しかしながら、血管収縮により調節できる温度域は狭く、産熱反応が生じる。この一連の生理反応には集団差があり、亜北極のイヌイットでは高い産熱能力に依存する産熱型の適応を示すが、オーストラリア先住民は血管収縮による断熱に依存、北欧のサーミは断熱+低体温型の適応を示すなど、地域集団ごとに適応戦略が異なる。これらは食糧事情や気温環境の違いにより、「省エネの断熱」と「エネルギーを消費する産熱」のバランスが、淘汰を受けた結果と推察される。
 このような適応の差は、集団内にも観察される。現代日本人の若年者を寒冷曝露すると、産熱応答には個人差が存在するが、これまで、それらは単なる個人差として扱われてきた。ところが近年、産熱反応の中でも震えではない産熱=非震え産熱の重要性が、その発生源である褐色脂肪の分子レベルのメカニズムと共に明らかになりつつある。現代では、このメカニズムは肥満や高脂血症と直結する。しかしながら、それらが祖先の寒冷適応の痕跡であると仮定すれば、現代では厄介な健康問題の原因でも、祖先が生きた時代では重要な生理機能であった可能性もある。本発表では、ヒトの寒冷適応を切り口として、祖先の適応と現代のヒトの表現型の関連について広く議論したい。

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<今後の予定>
4月 26日  修論中間発表のため休講
5月 10日  未定
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