第1473回生物科学セミナー

エンドリソソームの生物化学から新規疾患制御戦略の樹立に挑む

反町 典子 特任研究員(東京大学医科学研究所国際ワクチンデザインセンター)

2024年01月11日(木)    13:00-14:30  理学部1号館 SKY Lecture Room(279号室)及びZoom   

炎症は、適切な時間軸で進行して収束することで組織修復までが完了する場合は、生体にとって必要かつ有益な反応である。しかしながら、制御を逸脱して慢性化した炎症は、自己免疫疾患や喘息のような免疫疾患のみならず、生活習慣病、循環器疾患や中枢神経疾患など多くの疾患で病態の増悪に寄与するため、慢性炎症を制御することで病態が改善するケースは多い。
私たちは、難治性疾患である自己免疫疾患と線維症を対象として、病態の根底にある慢性炎症の分子基盤の理解から治療標的を同定し、アカデミア創薬へと展開している。慢性炎症の制御を目指す私たちが焦点を当てているのは、免疫細胞のエンドリソソームシステムである。この小胞空間は、物質分解にとどまらず、炎症シグナルを媒介し、さらにはmTORC1やAMPKによる栄養・エネルギー代謝シグナルを媒介することで、炎症時の遺伝子発現ネットワークに大きな影響を及ぼしている。そのため、マクロファージ、樹状細胞、B細胞をはじめとする多くの免疫細胞の機能発現はエンドリソソームの状態(プロトン濃度、アミノ酸環境、細胞内の位置情報など)に強く依存し、この小胞空間をヒドロキシクロロキン(HCQ)などの薬剤で攪乱すると強い抗炎症効果が得られる。しかしながらHCQは重篤な副作用を伴い、細胞を選ばずにエンドリソソームシステムに介入することは大きなリスクを伴う。こうした背景から私たちは、“細胞選択的なエンドリソソーム介入方法”の探索に取り組んできた。
私たちは免疫細胞のエンドリソソーム機能を選択的に制御する分子として、プロトン共役型アミノ酸トランスポーター Solute carrier family 15 member A4 (SLC15A4)とSLC15A3を見いだし、その機能解析から得られた知見に立脚して新たな疾患治療戦略を提唱している。本セミナーでは、これらトランスポーターによる炎症・代謝シグナルの制御機構と、それがどのように自己免疫疾患や線維症の病態形成につながるかについて最近の研究成果を紹介する。また、純粋基礎研究をどのように治療戦略へとつなげていくか、という視点から、SLC15A4を標的としたアカデミア創薬の成功事例を紹介させていただく。


担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・男女共同参画委員会