第1446回生物科学セミナー

最長寿齧歯目ハダカデバネズミの抗老化・抗がん機構の探求

三浦恭子 教授(熊本大学大学院生命科学研究部)

2023年10月11日(水)    16:50-18:35  理学部2号館223号室及びZoom   

ハダカデバネズミ(Naked mole-rat、Heterocephalus glaber、デバ)は、アフリカのケニア、エチオピア、ソマリアに生息する最長寿齧歯類である。哺乳類では極めて珍しい、昆虫のアリやハチのような分業制の真社会性をもつ。デバは、マウスと似た体サイズながら異例の長寿命(最大寿命37年)であり、老化耐性や発がん耐性をもつことが知られている。我々は2010年にデバの飼育・研究を開始し、発がん耐性、老化耐性、社会性など、デバ固有の様々な特徴に関する研究を進めてきた。例えば、世界に先駆けてデバiPS細胞を樹立し解析した結果、がん遺伝子ERASの機能喪失型変異とがん抑制遺伝子ARFの活性化により、種特異的な腫瘍化耐性を示すことを明らかにした (Miyawaki et al., Nat. Commun. 2016)。また、デバ神経幹/前駆細胞を初めて樹立、解析し、マウスと比べてガンマ線によるDNA傷害への耐性が高いことを示した (Yamamura et al., Inflamm. Regen. 2021)。最近我々は、デバ個体において初となる発がん剤投与実験を行い、炎症応答の減弱を伴う強い化学発がん耐性を示すことを見出した。解析の結果、炎症誘導性細胞死ネクロプトーシスの誘導に必須なRIPK3およびMLKL遺伝子の機能喪失型変異が、本種の発がん耐性の一因であることが示唆された (Oka et al., Commun.Biol. 2022)。さらに、デバは細胞老化誘導時に、種特有の「セロトニン代謝スイッチ」を介して細胞死を活性化させる機構をもつことを解明した。本機構は、“Natural senolysis”として体内での老化細胞の蓄積を抑制することで、本種の抗老化や発がん耐性に寄与すると考えられる(Kawamura et al., EMBO J. 2023)。今後は、これまでに確立した研究基盤を活用して、デバがもつ耐性機構の解明をさらに推進する。また、デバ個体の遺伝子改変技術を開発するとともに、様々な分野の方との共同研究を展開し、デバを含めた長寿動物の理解を深めていきたい。これらの研究を進めることで、寿命制御や老化、発がんの生物学的理解と進化学的考察の深化、また、将来的に新たな観点からの抗老化・抗がん戦略の開発につながると期待される。

参考総説: The Naked Mole-Rat as a Model for Healthy Aging.
Oka K, Yamakawa M, Kawamura Y, Kutsukake N and Miura K. Annual Review of Animal Biosciences (2023)

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・細胞生理化学研究室