第1467回生物科学セミナー

がんゲノム医療;何がわかり、何が出来るのか?

西原 広史 教授(慶応義塾大学 医学部腫瘍センター ゲノム医療ユニット)

2023年07月25日(火)    16:50-18:35  理学部3号館412号室及びZoom   

「がん」の遺伝子異常の中には、がん細胞の生存に重要な特定の遺伝子(ドライバー遺伝子)が存在することが知られるようになり、その特定の遺伝子の異常を標的とした治療薬を用いて個別化治療を行うことを、「がんゲノム医療」、あるいは「プレシジョンメディシン(精密医療)」と呼ぶ。近年、分子標的治療薬の開発と標的遺伝子の同定が進んできたことにより、一度に複数の遺伝子を調べる検査法である遺伝子パネル検査の導入が始まった。我が国においては2019年6月1日より、保険診療で二種類の遺伝子パネル検査、「OncoGuideTM NCCオンコパネルシステム」と「FoundationOne CDxがんゲノムプロファイル」が実施できるようになった。しかし、保険診療での上記の遺伝子パネル検査は、いずれも、標準治療のない固形がん(希少がんや原発不明がん)、あるいは標準治療終了または終了見込みで、かつ、検査施行後に化学療法が可能な状態と判断された固形がん患者に限定されている。これらの条件を満たす患者はわが国で発症するすべてのがん患者の1-2%(約1‐2万人)程度と推測されており、大部分のがん患者は、まだ遺伝子パネル検査を受検することができない。
また現在、本邦で実装されている遺伝子パネル検査は、コンパニオン診断として診断確定、薬剤選定を同時に行う目的であるため、精度管理上、高コストであり、また報告までに必要な日数も長い。さらに数百遺伝子を対象とする遺伝子パネル検査では治療対象となる遺伝子異常が見つからない症例に対する全エクソン解析や全ゲノム解析など、高度な遺伝子検査の必要性が叫ばれているが、二次的所見として判明する生殖細胞系列バリアントの解釈や遺伝性疾患判明時の遺伝カウンセリング体制の整備など、臨床現場で解決しなければならない課題は山積している。そもそも、遺伝子検査で何がわかり、何ができるのか?本講演においては、こうしたがんゲノム医療の全体像を紹介し、今後のがんゲノム医療のあるべき姿や将来展望について述べる。

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・程研究室