第1461回生物科学セミナー

幹細胞で読み解く脳の発生と脳腫瘍の関係性

船戸洸佑先生(Center for Molecular Medicine, University of Georgia)

2023年07月18日(火)    16:50-18:35  理学部1号館341号室及びZoom   

進展に伴い、脳腫瘍の遺伝的多様性が明らかになりつつある。特に小児脳腫瘍の分野では、ここ10年の間に目覚ましい発展があった。数々の新規遺伝子変異や分子マーカーが発見され、旧来の病理学的手法では把握しきれていなかった、20を超える遺伝的・分子的サブタイプが存在することが明らかとなった。しかしなぜ、小児脳腫瘍にはこれほど多数のサブタイプが存在するのだろうか? それぞれのサブタイプにおける発癌の分子機構には未解明な部分が多い。かつ、脳腫瘍患者の治療成績は未だに不良であり、各サブタイプの特性に合わせた新しい治療法の開発も急務となっている。我々のラボでは、ヒト胎生幹細胞(ES細胞)を用いて、小児脳腫瘍の発生を起源細胞まで遡ってモデル化することにより、腫瘍発生の分子基盤の解明と、新規治療法の開発を行っている。我々はこれまでに、最悪性の脳幹グリオーマのモデル作製に成功し、胎生神経幹細胞に特異的なクロマチン構造が腫瘍発生に必須であること見出した。興味深いことに、脳幹グリオーマではヒストンバリアントH3.3の27番目のリジンがメチオニンに置換する変異(H3.3K27M変異)が見られるが、別の悪性脳腫瘍のサブタイプでは、34番目のグリシンがアルギニン、もしくは、バリンに置換する変異(H3.3G34R/V変異)が見られる。我々は、このサブタイプの新規腫瘍モデルを作製することにより、腫瘍が大脳基底核原基(ganglionic eminence)由来細胞から発生すること、また、H3.3G34R/V変異がスプライシング制御を介してNotchシグナル伝達経路を活性化していることを明らかにした。これらの研究により、小児脳腫瘍の各サブタイプでは起源細胞が異なることが示唆された。それぞれの細胞種で未分化状態を制御する機構が異なるため、その要となる遺伝子に変異が入ることが、癌化の必要条件になっていると考えられる。現在、我々は、モデル系の更なる改良・発展と、小児脳腫瘍発生のより詳細な分子機構の解明を目指して研究を行っている。

参考文献
1. Funato K, Major T, Lewis PW, Allis CD, Tabar V. Use of human embryonic stem cells to model pediatric gliomas with H3.3K27M histone mutation. Science 2014; 346(6216): 1529-1533. PMCID: PMC4995593
2. Funato K, Smith RC, Saito Y, Tabar V. Dissecting the impact of regional identity and the oncogenic role of human-specific NOTCH2NL in an hESC model of H3.3G34R-mutant glioma. Cell Stem Cell 2021; 28(5):894-905. PMCID: PMC8106629

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・程研究室