第1441回生物科学セミナー

哺乳類受精卵形成の成功と失敗のメカニズム

大杉 美穂 教授(東京大学大学院総合文化研究科)

2023年05月31日(水)    16:50-18:35  理学部2号館223号室及びZoom   

受精卵の形成は精子と未受精卵の融合から始まります。精子は減数分裂を完了した一倍体細胞であり、卵細胞の中で精子核は雄性前核へと転換されます。一方、未受精卵は減数第二分裂の途中、染色体が整列した中期(Meta-II)で細胞周期が停止しており、精子と融合すると細胞周期の停止が解けて後期(Ana-II)に入り、分配された染色体の一組は第二極体として放出され、もう一組が受精卵の雌性前核となります。この過程は脊椎動物で共通であり多くの生物種では30分以内に完了しますが、哺乳類は受精開始から雌雄の染色体が核膜で包まれるまで2時間以上もの時間がかかります。私たちはこれを「Ana-IIが長い」という分裂後期の特異例として捉えて細胞分子生物学的な解析により切り込むことにより、この違いを生み出す哺乳類特有のシグナル伝達系を明らかにし、精子染色体を卵細胞の因子を用いて再構成(リモデリング)するために必要な時間であることを示してきました1, 2。
しかし同時に、「Ana-IIが長い」ことはさまざまな異常受精卵を生じさせる要因にもなっています。たとえば、分配後の卵染色体が核膜に包まれる前に離散してしまい複数の核(多核雌性前核)が形成されてしまったり、核膜で包まれる前に雄性染色体が紡錘体に接近し、雌雄両方のゲノムを含む単一の前核が形成されたり、雄性染色体が極体に入ってしまうことさえあります。本セミナーでは、哺乳類受精卵形成過程が内包するリスクをどのように回避しながら受精卵が作られるのか、マウスの受精過程を詳細に観察した細胞生物学的研究からわかってきた哺乳類特有のしくみの一例を紹介します。

参考文献
1.Soeda S., Yamada K., and *Ohsugi M. Inactivation of mitogen-activated protein kinase is neither necessary nor sufficient for the onset of pronuclear formation in mouse oocytes. Genes Cells. 18: 850-858 (2013).
2.Soeda S., Yamada-Nomoto K., Michiue T., and *Ohsugi M. RSK-MASTL pathway delays meiotic exit in mouse zygotes to ensure paternal chromosome stability. Dev. Cell 47: 363-376 (2018).

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・脳機能学研究室