第1422回生物科学セミナー

ミトコンドリアタンパク質搬入ゲートTOM複合体の構造とダイナミクス

荒磯 裕平 助教(金沢大学 医薬保健研究域保健学系 病態検査学講座)

2022年10月14日(金)    15:00-16:00  Zoomによるweb講義   

ミトコンドリアは外膜と内膜の2枚の膜構造をもつオルガネラで、生命活動に必要なエネルギー生産や様々な代謝反応を担っている。ミトコンドリアではたらくタンパク質の約99%はサイトゾルで前駆体タンパク質として合成されてから、外膜や内膜の膜透過装置(トランスロケータ)、膜間部やマトリックスのシャペロンの働きでミトコンドリア内に輸送される。TOM(Translocase of the outer mitochondrial membrane) 複合体は外膜に存在するトランスロケータで、βバレル型チャネルタンパク質Tom40と他の6つの膜貫通サブユニットで構成される膜タンパク質複合体である。サイトゾルで合成された1000種類に及ぶミトコンドリアタンパク質前駆体はTOM複合体を通ってミトコンドリアへ取り込まれるが、TOM複合体の高分解能構造は長きに渡って不明であり、タンパク質輸送機構を近原子分解能レベルで議論することはできなかった。
最近、我々はクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)による単粒子解析法を用いてTOM複合体の精密構造を3.8Å分解能にて決定することに成功し、TOM複合体を構成する各サブユニットのアッセンブリー機構を解明した(Araiso, et al., Nature, 2019)。本研究成果によって、世界で初めてTOM複合体の構造と機能をアミノ酸残基レベルで議論することが可能となった。構造情報に基づいた生化学解析を組み合わせることで、TOM複合体のチャネル内部には前駆体タンパク質の性質に対応した2種類の通り道が存在することが明らかになった。さらに、TOM複合体の出口付近では各輸送経路の下流因子が待ち構えていて、多様な化学的性質を持つ前駆体タンパク質が効率良く受け渡される分子機構の一端を解明することができた。現在は、これらの知見をもとにTOM複合体の”動作”を可視化するため、高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)による動的構造解析を試みている。
本セミナーでは、Cryo-EM解析によって明らかになったTOM複合体の構造と機能について議論し、さらにHS-AFM解析で得られたTOM複合体のダイナミクスに関する最新の知見を紹介する。静的な精密構造を解き明かすCryo-EMと動的な構造変換を捉えるHS-AFMを組み合わせることで、"動作中の"TOM複合体がタンパク質を輸送する分子メカニズムに迫っていきたい。

担当:東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・濡木理