第1383回生物科学セミナー

「時」を生み出す分子メカニズム

吉種 光 プロジェクトリーダー(東京都医学総合研究所 体内時計プロジェクト)

2021年09月08日(水)    17:05-18:35  Zoomによるweb講義   

寿命、季節応答、概日リズム、心拍など生体内には様々な時間スケールのリズムがあるが、これら生命現象において「時」を計る実体はなんだろうか。例えば、約24時間周期のリズム性を生み出す仕組みとして概日時計が知られている。時計遺伝子の転写フィードバック制御が個々の細胞の中で自律振動するというモデルが提唱され、2017年にはノーベル生理学・医学賞の受賞対象となった。しかし、このモデルは本当に正しいのだろうか。例えば、除核した緑藻において(つまり転写がない条件においても)明瞭な光合成リズムが継続する。さらに原核生物においては、3つのタンパク質とATPを混合すると試験管内でも概日リズムが観察される。我々は真核生物においても、転写リズムは機能出力として時計の針の役割を担っているだけであり、転写を必要としない未知なる時計振動子が概日時計クオーツとして機能していると考え、真に「時」を生み出す分子メカニズムの理解を目指している。
時計遺伝子の欠損や、不規則な生活、慢性的な時差ボケなどにより概日時計の機能が破綻すると、睡眠障害が見られるだけでなく、免疫力の低下、発ガンリスクの増大、高血圧や心機能低下、代謝異常など全身で様々な生理機能に異常が見られる。興味深いことにこれら時計異常による表現型は、加齢に伴って観察される「老化現象」と酷似している。我々は加齢に伴う概日時計の破綻を「時計老化」と定義し、加齢に伴う個体の機能低下(の一部)は時計老化によるリズム出力異常であると捉え、時計老化の実態理解を進めるとともに、加齢に伴いなぜ時計老化が起こるのかを分子レベルで理解し、これを克服することによって究極の健康長寿が可能になると期待している。
参考文献
Terajima et al., ADARB1 catalyzes circadian A-to-I editing and regulates RNA rhythm.
Nature Genetics, 49(1): 146-151 (2017) doi: 10.1038/ng.3731.
Imamura et al., ASK family kinases mediate cellular stress and redox signaling to circadian clock
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115(14): 3646-3651 (2018) doi: 10.1073/pnas.1719298115.
Masuda et al., Mutation of a PER2 phosphodegron perturbs the circadian phosphoswitch
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 117(20): 10888-10896 (2020) doi: 10.1073/pnas.2000266117

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・ 飯野研究室