岩崎研公開ラボセミナー

内在性レトロウイルスの駆動する生命現象と進化

伊東 潤平 博士(東京大学医科学研究所)

2020年03月06日(金)    13:00-  理学部3号館 310号室   

 内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus; ERV)は、古代のレトロウイルスが宿主の生殖細胞に感染することで生じた「ウイルス感染・侵略の痕跡」である。現存する哺乳類において、ERV由来の配列はゲノムの大きな割合(~12%)を占めている。このことは、進化の過程において、哺乳類が大量のレトロウイルス感染に暴露されてきたことを示唆している。また、いったん生殖細胞への侵入を果たしたERVは、トランスポゾンとして増殖を繰り返すことで、宿主のゲノムをさらに侵略していく。このようなレトロウイルス・ERVからの侵略に対抗するため、哺乳類の祖先はさまざまなウイルス防御機構を進化させてきた。レトロウイルスに対する防御機構を担う遺伝子の一群として、APOBEC3ファミリー遺伝子が知られている。APOBEC3はウイルスゲノムにguanine-to-adenine (G-to-A) 変異を導入することでレトロウイルスの複製を強力に阻害する。言い換えると、APOBEC3は攻撃したレトロウイルスの配列に痕跡(G-to-A変異)を残すという稀有な性質がある。このため、ERV配列におけるG-to-A変異の蓄積量を調べることで、ERVあるいはその祖先のレトロウイルスがAPOBEC3からどの程度攻撃を受けたかを推定することができる。本セミナーでは、160種類の哺乳類の比較ゲノム解析から明らかとなった「APOBEC3とERVの進化的軍拡競争」についての最新の知見を紹介する。
 長年、ERVはゲノムに寄生する「ジャンクDNA」であると考えられてきた。しかし近年、一部のERVはエンハンサーとして働くことで、近傍に存在する遺伝子の発現調節に関与し、さらには初期発生等において重要な役割を果たすことが明らかとなりつつある。正常細胞において、ERVの転写およびエンハンサー活性は宿主のエピジェネティック制御により厳密にコントロールされている。しかし一部のがん細胞において、ERVの転写が異常に活性化していることが古くから知られている。演者らは、The Cancer Genome Atlasコンソーシウムの提供する5,470人分の腫瘍マルチオミクスデータを解析することで、一部の患者の腫瘍においてERVのエンハンサー活性が異常に亢進していること、およびERVの活性化が近傍に存在する数百種類の抑制性転写因子KRAB zinc-fingerファミリータンパク質(KZFP)遺伝子の発現誘導と強く関連していることを見出した。本セミナーにおいては、pan-cancer解析および細胞生物学的な実験解析から明らかとなった「ERVおよびKZFPの腫瘍抑制における機能」についての最新の知見を紹介する。
参考文献:
1, Ito et al., Retroviruses drive the rapid evolution of mammalian APOBEC3 genes. (2020) PNAS.
2, Ito and Kimura et al., Endogenous retroviruses drive KRAB zinc-finger family protein expression for tumor suppression. (2020) BioRxiv.