第1002回生物科学セミナー

ヒメミカヅキモの「性」と「有性生殖」

関本 弘之 教授(日本女子大学理学部物質生物科学科)

2014年11月05日(水)    16:40-18:10  理学部2号館 講堂   

遺伝的に異なる+型、-型細胞の融合により接合するヘテロタリックなヒメミカヅキモでは、その有性生殖過程の成立に二種類の性フェロモン(PR-IPおよびPR-IP Inducer)が深く関わる。また、接合型特異的、もしくは有性生殖時に発現量が高まる多くの機能未知遺伝子群も発見されている。さらに、これらの生理的機能を解析するため、安定した形質転換体作出法も開発され、さらにはゲノム解読プロジェクトも進行中である。本研究ではこれらを踏まえ、ヒメミカヅキモの「性」および「有性生殖」に関する最近の展開を紹介する。
 マイクロアレイ解析で明らかにされた受容体型キナーゼをコードする遺伝子(CpRLK1)は、有性生殖時に、ペア形成に先立って+型細胞特異的に発現する。CpRLK1をantisense方向に発現させるコンストラクトを+型細胞に遺伝子導入し、7株の形質転換体を得た。野生型の-型細胞と掛け合わせたところ、有性生殖過程の進行が遅れる傾向が見られ、そのうち2株ではほぼ完全にペア形成までで停止した。間接蛍光抗体法により、CpRLK1タンパク質はペア形成している一方の細胞の接合突起に局在することも判明した。CpRLK1は、陸上植物の細胞壁センサーとして知られるCrRLK1L-1サブファミリーと近縁で有り、有性生殖過程の進行に際し、細胞壁の状態をモニターし、接合突起の伸長、プロトプラストの放出を制御していることが示唆された。
 -型細胞で発現するPR-IP Inducer遺伝子をbaitにしたtwo hybrid法により、ファシクリン1(FAS1)と呼ばれる特徴的ドメインをコードする3種類の遺伝子(CpFAS1~CpFAS3)を単離した。アンチセンス法およびRNAi法によりCpFAS1およびCpFAS3の発現を抑制した+型形質転換株を用いた場合、有性生殖過程へと進んだ細胞数が減少し、CpFAS3タンパク質の量は低下した一方で、PR-IP Inducer量の増加が見られた。また、PR-IP Inducerにより発現誘導されるはずのPR-IP遺伝子等の発現量も両形質転換株で著しく低下していた。以上のことより、少なくともCpFAS3は、PR-IP Inducerの受容と有性生殖過程を正常に進めるための情報伝達に関与することが示唆された。
 ヘテロタリック株の2種の交配型ゲノム配列を比較し、片方のゲノムに特異的に存在する数種の遺伝子を見出した。そのうちの1つは転写因子をコードしており、窒素源欠乏状態で発現レベルが上昇した。この遺伝子を含むscaffold(約125 kb)に対応するものは、+型細胞ゲノムには見られず、掛け合わせにより得られた子孫株では、-型の交配型を示す株のみにこの遺伝子の存在が確認され、CpMinus1と名付けられた。この遺伝子の産物が、性発現を制御するマスター因子である可能性が示唆された。