人類学演習Ⅱ/人類学セミナー2

言語の多様性を遺伝と進化の立場から考える

松前 ひろみ 先生(東海大学医学部 基礎医学系分子生命科学部門)

2018年09月28日(金)    16:50-18:35  理学部2号館 323号室   

ホモ・サピエンスを他の種と隔てるものは何か。一つは言語と言語を操る能力が挙げられるだろう。
言語そのものに着目すると、ヒトの言語と動物のコミュニケーションの差は、階層性や統語構造といった複雑な情報伝達を可能にする文法的な特徴で区別可能であるという考えが主流である。しかしながら世界に存在するヒトの言語は互いに意思疎通が不可能であることが多く、統合構造だけではヒトの言語がこれだけ多様化した仕組みを説明することは出来ない。一説によると現代において確認されているだけで世界には7000以上の言語があると言う。これらの言語は、比較的類似性の高い言語同士で400以上の言語族としてまとめられている。言語族の形成や多様性は、語彙・文法・音声などの言語の要素自体が多様化し、それぞれ複雑に組み合わさっていることで生じている。つまり、進化・遺伝人類学的な視点に立ってみると、ヒトの言語はヒトと他種を隔てるような特有の特徴を言語間で共有・維持しつつも、反面、人類集団の間では多様に進化している性質も持ち合わせている。
こうした観点は遺伝人類学や進化学的な知見とも相性が良い。ゲノムからヒトと類人猿の違いを見いだすことが出来るが、一方でヒト内の多型に着目すれば、ヒト集団内の多様性やその歴史を見出すことができる。実際、1980年代にCavalli-sforzaは人々の集団史と言語の分類には一定の関連がありそうだということを定性的に示すことで、言語とゲノムの両方を見れば人々の歴史が分かるのではないかというアイデアを提唱した。こうした研究は人類学と言語学の関係に新しい道筋を示した。その後、ゲノムデータとそれを支える分析手法や理論が飛躍的に発展し人類集団史の解明が大きく進んだ一方、言語学では主に定量分析に耐えうるデータの不足といった制約から、遺伝人類学と言語学の関係は限定的にしか発展しなかった。
そこで本発表では、遺伝人類学の立場から、言語学と遺伝人類学の関係、及びその課題について概説する。次にこの状況を打破するために、我々が言語学者とともに行った文法データを使った定量的な分析について、言語多様性が高く、かつこれまで集団史が複雑であることが分かっている北東アジアをモデルケースとして提示する。そして得られた知見から、我々が現在考えているヒト内における言語の多様性や進化についての仮説や課題について議論したい。また、本研究を進めるにあたり、これまでの共同研究の経験から、文系理系の垣根を越えて真の学際的研究を進めるにはどうしたら良いかといった点についても触れたい。

<今後の予定>
 10月 5日 未定
   12日 未定
   19日 人類学会大会のため休講
   26日 西本希呼 先生