第1117回生物科学セミナー

分子から細胞の個性に関するデータ駆動型数理科学

小松崎 民樹 教授(北海道大学電子科学研究所附属社会創造数学研究センター)

2016年12月15日(木)    17:00-18:30  理学部3号館 310号室   

現在、細胞などの複雑な分子環境における1分子イメージングが蓄積されてきているが、細胞内の分子環境を分子レベルで書き下し、実時間シミュレーションすることは不可能である一方、モデル先行型の理論研究では原理的に研究者の帰趨を越えられない。そのため、『それらの分子情報を担ったビックデータからどのように背後の分子情報を読み解くか』は喫緊の課題である。近年、パーシスタ細胞(Balabanら Science 2004、若本ら Science 2013)のように、細胞集団のなかには遺伝子上の違いではなく表現型の違いによって獲得された(抗生物質耐性などの)機能をもつ細胞、リーダー・フォロアー細胞のように集団の中から役割分担(M. ReffayらNature Cell Bio. 2014)をする細胞が存在することが明らかとなってきた。このような細胞における「集団と個」の問いは、酵素分子が複数の形を取り得、その形に依存して分子認識のし易さが変化する分子個性(EnglishらNature Chem. Biol. 2006)の細胞版に当たるが、表現型の違う細胞群を如何に分類し得るかという挑戦的な問いに応え得るデータ科学は未だ確立されていない。本講演では、我々が近年開発した、非破壊・非侵襲に1細胞レベルで細胞分析を可能とする1細胞ラマン散乱スペクトルのデータ(Smithら Nature Comm. 2014、PalonponらCurr. Opin. Chem. Biol. 2013)から背後の計測ノイズを考慮に入れつつ情報科学のファジークラスタの考えを導入した、細胞種・状態を同定するデータ科学的手法を紹介する。この手法はスペクトルを「主成分解析等で次元を縮約することなく」高次元特徴空間上でスペクトルが類似している細胞や、マーカーが不明な細胞や、遺伝型の相違がなくとも機能的な違いがある細胞の状態判別に利用することが期待される。