第1039回生物科学セミナー

雄と雌はなぜ異なるか?-海産緑藻の配偶システムの進化に見る偶然と必然-

富樫 辰也(千葉大学 海洋バイオシステム研究センター)

2015年11月25日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

生物に広く見られる雌雄間の形態的・行動的な違いが進化する究極の要因は、雌の配偶子よりも小さく多数生産される雄の配偶子の間で、少数しか生産されない大型の雌の配偶子をめぐった競争が生じることにある1。このため、有性生殖において、配偶システムが、両性で配偶子のサイズが同じ同型配偶から、雌雄で配偶子のサイズが異なる異型配偶に進化する理由の解明は、雌雄が異なる理由に対する究極的な解答となる。これまで、異型配偶の進化機構に関する研究は理論的なアプローチが中心であった。私は、多くの生物が極端な異型配偶である卵配偶を行うのに対して、アオサ藻綱の海産緑色藻類には、現生種に様々な配偶システムがあることに着目し、理論と実験のギャップを埋める研究を行うことを目指してきた。
 アオサ藻綱にこれらの多様な配偶システムが進化する理由を数理モデルを用いて考えてみた。このモデルは、接合子の形成とその適応度を主要な要素とするParker, Baker & Smith (PBS) の理論的枠組みに従っている2。配偶子は同調的な細胞分裂によって生産される。このモデルにおける偶然性は、配偶子サイズにわずかに大きくする突然変異とわずかに小さくする突然変異は、どちらも同じように起こりやすいということであり、これによって同一環境でも配偶システムが多様化することを説明出来た。また、このモデルにおける必然性は、同一の環境でも、大きな接合子は小さな接合子よりも生き残りやすいが、厳しい環境ではこの関係はより顕著なものとなるということであり、これは顕著な異型配偶における雌の配偶子のサイズを決定した。現生種に見られる配偶システムだけが安定的な進化的到達点として現れた3。
 結論として、1)異型配偶への進化を環境の違いに基づいて説明する必要は必ずしもないこと; 2)しかしながら、雌性配偶子の大型化には、環境要因が重要な役割を果たしているだろうこと;3)アオサ藻綱に見られる多様な配偶システムの進化と環境との関係もこれまでの理論的な枠組みの中で説明できることがわかった。同時に、今後、実験が必要な課題についても浮き彫りになった。
参考文献
1、Darwin, C. R. The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex (J. Murray, 1871).
2、Parker, G. A., Baker, R. R. & Smith, V. G. F. J. Theor. Biol. 36, 529-553 (1972).
3、Togashi, T., Bartelt J. L., Yoshimura, J., Tainaka, K. & Cox, P. A. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 109, 13692-13697 (2012).