東京大学大学院 理学研究科 生物科学専攻 発生進化研究室

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研究内容

「葉」の研究から植物を理解する

私たちは<葉の形態形成>をキーワードとして、その総合的解析により<植物>を理解しようと試みている。

その背景は、以下のような考えにある。第1に、葉は植物の基本形態のうち、最も重要な要素である。古くゲーテの時代から知られているように、植物(種子 植物)の地上部は、葉と茎とから成り立っているのが原則であり、それは、きわめてバラエティーに富む花においても例外ではない。花弁、雄しべ、雌しべ、す べて葉の変形した器官である。したがって、葉の形態形成の仕組みを明らかにすることができれば、植物の地上部におけるかたち作りの仕組みは、おおかた理解 できることになる。ひいては、植物におけるかたちの多様化の仕組みを理解することにもつながるだろう。

第2に、光合成の場である葉は、光などの環境シグナルの受容部位としても最も重要な器官として知られ、環境に応じた適応や可塑性も著しい。したがって葉 の発生の制御機構を解明することは、植物の形態形成の仕組みを理解する上ばかりでなく、植物の環境適応戦略の理解、あるいは植物のかたちの多様性をもたら した機構の解明にも必須である。またその成果は、基礎科学において重要であるばかりでなく、応用面においても寄与が期待できる。

このように、葉は植物を理解する上で重要な位置を占める器官である。しかしながら種子植物、特に双子葉植物では、葉の発生過程が複雑で、従来そのメカニ ズムについて十分な理解が困難であった。それは、同時期の葉原基のほぼ同じ場所において、細胞分裂、細胞伸長、さらには細胞の分化など、性格の異なる発生 現象が一斉に起きるためである。時間軸と空間軸にしか現象を分割できない解剖学では、このような生命現象を素過程に分けることができない。そこで私たちは アラビドプシス(シロイヌナズナ、Arabidopsis thaliana (L.) Heynh.)をモデル植物に選び、葉の発生の研究に発生遺伝学的手法を導入することで、この問題の解明をめざしてきた。葉の発生過程を遺伝子という素過程に分割しようと試みたのである。これが本研究室の大きな柱に相当する。

さらに、基本的な制御系遺伝子が一通り単離されれば、上述のように、それらは植物形態の多様性の遺伝子的背景を理解する上でも、有力な手がかりとなる。 そこで、その中でも特に、熱帯雨林及びヒマラヤ高山帯での、環境適応による葉の形態進化の背景を探ろうという試みも行なっている。熱帯多雨林で葉は渓流型 植物の特性として細く厚くなり、ヒマラヤ高山帯では葉は小型化し、毛を密生するようになる。これらの形態進化は、収斂進化であって、小数の遺伝子の変異に よっている可能性が高い。

葉の縦横を制御する遺伝子

これまでの発生遺伝学的解析の結果、世界に先駆け、アラビドプシスよりROT3AN、AS1、AS2、CLF、ROT4、AN3遺伝子等、葉形態形成の鍵となる遺伝制御過程の同定に成功してきた。その中でも、アラビドプシスの葉の全形が、縦方向と横方向との二方向独立に制御を受けている、という事実を明らかにした業績は、世界的に高く評価されており、海外の教科書にも引用されている。この制御は、ROT3AN両遺伝子による細胞1つ1つの極性伸長を通じて行なわれていることが判明している。さらに分子遺伝学的解析により、それら葉の発生・アイデンティティーを司る遺伝子群を実際に単離・その機能を解明してきた。そのうちのROT3遺 伝子については、遺伝子クローニングの結果、チトクロムP450遺伝子ファミリーの一つであることを明らかにしたほか、強制発現を行なうことによって、葉 の横幅に影響を与えずに、縦の長さのみを変化させることが可能であることを示した。本遺伝子はその塩基配列から判断するに、ステロイド合成系に関与してい る可能性が高いため、現在、その生化学的な機能を明らかにしようと、生理生化学的な解析を試みている。他方、AN遺伝子についてもクローニングの結果、その遺伝子構造を明らかにしたほか、マイクロアレイ法により、下流で働くと推測される遺伝子の候補を同定することができた。

しかし自然界では、葉の形状が細胞の個々のサイズや形状によって制御されている場合は稀である。特に、近縁種間での葉の形態の多様性は、葉を構成する細 胞の数や配置の変化によっていることが多い。そこで葉を構成する細胞の極性増殖過程についての解析を進めた結果、縦方向への葉細胞増殖制御ペプチド ROT4を見いだした。また横方向への細胞増殖制御系の解析から、私たちはAN3という因子に行き当たった。これは意外なことに、横方向への特異的な細胞 増殖制御因子ではない。

AN3 遺伝子は葉を構成する細胞の増殖に重要な役割を果たしており、その欠損は、葉の縦横双方向への細胞の不足をもたらす。ところが、その葉の形状の上での表現 型は横のみに現れる。これは「補償作用」という葉に特異的な現象が干渉した結果である。補償作用は、近年、細胞増殖に欠損を持つ変異体や形質転換体の解析 から見いだされてきた現象で、細胞増殖の不足による葉の面積低下を補うかのように、葉の細胞の体積が正常な場合よりも顕著に増加するという、葉に特異的な 現象である。an3変異体の表現型が横方向に特異的なのは、この補償作用が、縦方向の長さの減少をうち消すからである。しかるに補償作用の メカニズムは全く分かっていない。私たちの研究の結果、補償作用は、葉原基の中での細胞間コミュニケーションによって制御されていることが確実となった。 器官サイズ制御システムを理解する上では、この、葉における補償作用の解明が重要なヒントであると考え、立教大・堀口研や学芸大・Ferjani研と共に その解析に力を入れている。

一方、環境適応による葉形態の進化の研究に関しては、光環境に対する葉形態の可塑性に関して、その遺伝制御を解析してきた。また、これまでに主にフィー ルド調査を通し、葉形態の多様性に関するデータの収集につとめてきた。特に東南アジア熱帯地域における渓流沿い植物等については、その適応形態の解析を行ない、これまでに、多雨環境に適応した渓流沿い植物の狭葉化をもたらした遺伝子変異が、多くの場合、複数の同義遺 伝子によることを明らかにしたほか、裏側の性質しか持たない葉・単面葉が、どうようしくみで平らになれるのか、またなぜ表側の性質を失ったのかについての 研究を進めている。さらに葉とシュートとの中間型を取る植物について、その形態形成を支えている遺伝子群の単離を進めている。

参考文献

  1. Kawade K, Horiguchi G, Usami T, Yokota M, and Tsukaya H. (2013) ANGUSTIFOLIA3 signaling coordinates proliferation between clonally distinct cells in leaves. Curr. Biol. 23: 788-792.
  2. Nakayama H, Yamaguchi T, Tsukaya H (2012) Acquisition and diversification of cladodes: leaf-like organs in the genus Asparagus. Plant Cell 24: 929-940.
  3. Yamaguchi T, Yano S, Tsukaya H. (2010) Genetic framework for flattened leaf blade formation in unifacial leaves of Juncus prismatocarpus. Plant Cell 22: 2141–2155.
  4. Kawade K, Horiguchi G and Tsukaya H. (2010) Non-cell-autonomously coordinated organ-size regulation in leaf development. Development 137: 4221-4227
  5. Usami T, Horiguchi G, Yano S and Tsukaya H (2009) The more and smaller cells mutants of Arabidopsis thaliana identify novel roles for SQUAMOSA PROMOTER BINDING PROTEIN-LIKE genes in the control of heteroblasty. Development 136: 955-964.
なお
  • 業績リストについてはResearcher ID データをご覧下さい
  • 図. 補償作用が細胞間コミュニケーションによりなりたっていることを証明した人為誘導キメラ実験。文献2より改変

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