研究内容

個性を生み出す脳神経ネットワークの作動原理

私たちは、遺伝要因と環境要因の組み合わせにより脳がカスタマイズされる仕組みを知る事により、ヒトの個性や精神疾患のメカニズム解明を目指しています。ヒトの個性や性格は、個々人が生まれもつ遺伝情報の差異に加えて、そのヒトが育つ環境に大きく依存すると考えられています。たとえば、遺伝子が相同である一卵性双生児でも、異なる環境で育つと全く異なる個性を示します。ヒトの心を生み出すマシーナリーの中核が脳であるならば、ヒトの個性はおそらく脳構造(神経回路)の微妙な違いから生じると予想できます。実際に、外部環境からの神経入力が神経ネットワークの再編を誘導することがわかってきました。従って、個性の成り立ちを理解するためには、外部環境(情報)と脳との関係を遺伝子・細胞・回路それぞれの階層で理解する必要があります。私たちは、外部情報依存的に神経ネットワークが再編成されるメカニズムと、新たなニューロンが生みだされるメカニズム(神経新生)に着目して研究を進めています。

<最近の関連論文>
Furusawa et al. Science (2023).
発達障害関連因子Ube3a E3リガーゼによるシナプス再編機構の解明
Togashi et al. Front Cell Neurosci (2021).
マウス嗅覚2次ニューロンの樹状突起再編機構の解明
Kitatani et al. PLoS Genetics (2020).
マイクロRNAによる樹状突起再生メカニズムの解明
Yasunaga et al. Genes & Development (2015).
Wntシグナルによるニューロン受容領域の決定メカニズムの解明
Kanamori et al. Nature Communications (2015).
局所性エンドサイトーシスによる樹状突再編機構の解明
Kanamori et al. Science (2013).
局所性カルシウム振動による樹状突起再編機構の解明

もう1つの目標は、脳が行動の柔軟性や適応性を生み出す神経メカニズムを明らかにすることです。摂食、逃走、交尾などの本能行動は、動物が生まれながらに持つ行動レパートリーであり、脳神経回路の厳密な制御を受けています。近年、私たちや他グループの研究から、本能行動は決して固定化された単一の行動レパートリーではなく、ストレス、空腹、情動(恐怖、不安)、サーカディアンリズムなどの内的・動機的状態に強く影響を受ける可変的かつ多様な行動レパートリーであること、さらには、内的・動機的状態の変動により、本能行動に関連する脳神経回路の活動が、分子・ニューロン・回路など様々なレベルで制御を受けることが分かってきました。私たちは、このような行動の柔軟性や適応性を生み出す脳の仕組みについて、分子・ニューロン・回路など多階層において統合的に理解したいと考えています。具体的には、昆虫類(ショウジョウバエ)と齧歯類(マウス)において進化的に強く保存されている「痛覚-不快情動(恐怖、不安)回路」に焦点を当て、危険な環境からの逃避など本能行動の選択、開始、実行を制御する神経回路メカニズムの解明を目指します。私たちの最終ゴールは、本能行動の柔軟性を生み出す神経可塑性の分子・ニューロン・回路メカニズムと、脳神経回路の演算メカニズムを明らかにすることです。これらの課題に取り組むために、ショウジョウバエとマウスをモデルとして、分子生物学・生化学実験、行動実験、ライブイメージング、神経活動二光子イメージング、オミックス実験、プログラミング、数理解析などを行なっています。

<最近の関連論文>
Nakamizo-Dojo et al. Nature Communications (2023).
糖摂食が痛覚応答を抑制する神経回路メカニズムの解明
Tsuji et al. Nature Communications (2023).
恐怖情動が逃避行動を促進する神経メカニズムの解明
Takeuchi et al. Communications Biology (2023).
サーカディアンリズムによるマウス嗅覚制御メカニズムの解明
Nakahama et al. Molecular Brain (2022).
マウス神経回路研究のためのAAVウイルスベクター開発
Omamiuda-Ishikawa et al. PLoS Genetics (2020).
不快刺激からの逃避運動を誘導する神経回路の同定
Utashiro et al. Scientific Reports (2018).
嗅覚ニューロンの自発発火による嗅覚応答制御メカニズムの解明
Yoshino et al. Current Biology (2017).
痛覚応答を表出する神経回路の同定

2017年10月から東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)が新たに始動し「ヒトの知性はどのように生まれたのか?」という究極の問題に迫ろうとしています。私達も中核研究室としてWPI-IRCNに参画し、ヒトの知性を生み出す構造的・進化的基盤を明らかにするための研究を行なっています。

現在、以下の研究に取り組んでいます。

○キーワード○

・ミトコンドリア
・エピジェネティクス
・カルシウム振動
・ニューロン・グリア相互作用
・ゲノム編集
・感覚情報のゲート機構(sensory gating)
・空間的注意(attention)
・ADHD(注意欠陥・多動性障害
・価値判断
・概日周期(サーカディアンリズム)
・栄養(エネルギー)状態
・神経活動レコーディング
・二光子イメージング
・ヴァーチャルリアリティー
・神経幹細胞
・デフォルトモードネットワーク


○当研究室では主としてショウジョウバエとマウスを個体モデルとして研究を進めています。主要な研究技法は以下になります○


・アデノウィルス・ベクターによるマウス脳内特定ニューロンの遺伝子改編
・ニューロンの挙動や活動を追跡するin vivoライブイメージング技術
・コンディショナル・ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスの作製・解析
・光遺伝学技術
・嗜好性行動解析技術
・ショウジョウバエの神経クローン解析技術