研究内容

1. 脳の発達原理:遺伝情報と外部情報による脳の機能化メカニズム

  • 脳の機能発達を駆動する脳神経回路リモデリング

私たちの脳の構造基盤である神経ネットワークは、DNAに刻まれた遺伝情報に基づき胎児期(胚生期)に作り上げられます。しかし、出生直後の神経ネットワークは断線や混線を多数含んでおり、脳はその機能を十分に発揮することができないことが分かってきました。出生後の発達段階において、様々な情報が外界から脳に入ると、それに応じて必要な回路の強化と不要な回路の切断・除去が起こることにより、機能的な情報処理回路へと成熟するのです。このような脳神経回路の再編は、個々の経験により変化することから、ヒトの個性を生み出す主要メカニズムの1つではないかと考えられています。また近年の研究から、ヒト発達期における不要神経回路の除去不全が自閉症など発達障害の一因となることが示唆されています。私たちは、ショウジョウバエとマウスの脳神経回路を解析モデルとして、脳の生後発達過程において神経回路が機能的に再編される仕組みに着目して研究を行なっています。とくに、ニューロンが、不要なシナプスや神経突起を選択的に除去する仕組みや、新たなシナプスや神経突起を再構築するメカニズムに着目して研究を行なっています。

    • 環境・経験と脳発達:栄養状態、睡眠、サーカディアンリズム

    一卵性双生児の研究などから、脳の発達は、生後の生育環境に大きく影響されることがわかっています。また、成人になってから慢性疼痛、統合失調症、PTSDなどの脳疾患を発症するリスクは、幼児期の生活環境に大きく影響されることもわかってきました。私たちは、ショウジョウバエとマウスをモデルとして、発達期の飼育条件が脳発達に与える仕組みについて研究を行なっています。例えば、一匹だけで育てた動物と、集団の中で育った動物では、集団形成能や攻撃性などの社会行動、痛覚感受性などに明確な違いが出ることを見出し、その仕組みを分子や脳神経回路のレベルで理解しようとしています。また最近では、発達期の睡眠リズムや生活リズム(サーカディアンリズム)と脳神経回路発達との関係について着目して研究を進めています。

      • 脳の雌雄差

      近年の解析技術の向上により、動物の脳神経回路には、顕著な雌雄差があることがわかってきました。また、精神神経疾患の発症率や、治療薬の効果などにも明確な性差があることも知られていますが、その根本的な理由はよくわかっていません。私たちは、ショウジョウバエとマウスをモデルとして、脳神経回路の雌雄差の発達メカニズムと、その生理的意義に着目して研究を行なっています。

        • 脳神経回路発達の数理モデリング

        私たちは、上記した分子レベル、回路レベルの研究に加えて、数理モデリング手法を用いて、脳神経回路の発達過程をコンピューター上で再現するシミュレーション研究にも取り組んでいます。


        上図:ショウジョウバエ幼虫期の感覚ニューロンは放射状の樹状突起をもつが、変態期に入ると、樹状突起だけが刈り取られ、細胞体と軸索は残る。その後、変態期後期になると、成虫型の樹状突起が再生する。下図:成虫型の樹状突起は、成虫が羽化してから24 時間以内に放射状から格子状へと劇的なリモデリングを遂げる。このリモデリングは、細胞外プロテアーゼMmp2 による基底膜分解により制御される(Yasunaga et al. Developmental Cell 2010)