7.闘争、それとも逃走?攻撃行動を司る遺伝子・神経

自然界では、限られた資源をめぐり、動物たちの間で絶えず競争が繰り広げられています。相手と真っ向勝負でぶつかるのか?それとも、無用なダメージを避けるために逃げるのか?戦いの最中にある動物たちは、その選択を迫られます。では、このような「闘争」と「逃走」の行動切り替えは、動物の脳の中でどのようにコントロールされるのでしょうか。私たちは、動物同士が闘う際に示す「攻撃行動」に注目して、これらの課題に取り組んでいます。
これまでに私たちは、キイロショウジョウバエをモデルとして、動物個体が攻撃を発するときに重要な役割を果たす分子や神経細胞を特定してきました。一方で、攻撃を受けた側が反撃するか(闘争)、または逃げるか(逃走)、その意思決定のしくみについては不明な点が多く残されています。私たちは、ショウジョウバエの多様な遺伝学的手法と機械学習による行動解析系を組み合わせることにより、(1)攻撃の受容 から、(2)状況に応じた反撃の価値判断、そして(3)次の攻撃または逃避行動に至るプロセスを解明していきます。こうした闘争と逃走の意思決定は個体間の勝ち負けに影響し、やがて動物グループ内の階層関係にもつながるため、動物の社会生活を考える上でも重要な意義をもつと考えられます。
さらにヒトでは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など、攻撃行動と関係の深い精神病態が知られています。近年、哺乳類を用いたPTSDモデルにおいて、自然免疫系の働きが神経細胞の活動に影響を与え、病態に関わる可能性が挙げられています。私たちは、ショウジョウバエにも哺乳類とよく似た自然免疫系が備わっていることに着目し、「体内の敵」への対抗策である免疫系が、「対外の敵」への応答にどのような影響をもたらすか、分子レベルで明らかにしたいと考えています。

○キーワード○
攻撃行動
逃避行動
意思決定
痛覚・侵害受容
光遺伝学
機械学習
階層関係
社会性
PTSD
自然免疫系

【参考文献】
Ishii K*, Wohl M*, DeSouza A, Asahina K. [*Equal contribution] (2020) eLife
Wohl M*, Ishii K*, Asahina K. [*Equal contribution] (2020) eLife
Leng X, Wohl M, Ishii K, Nayak P, Asahina K. (2020) PLoS One
Ishii K, Cortese M, Leng M, Shokhirev MN, Asahina K. (2020) bioRxiv
Nie X, et al. (2018) Neuron ・Ishii K, Hamamoto H, Sekimizu K. (2015) Arch Insect Biochem Physiol

  • 闘争、それとも逃走? 攻撃行動を司る遺伝子・神経に迫る(石井健一)