主な研究テーマ

私たちは、(1)自然選択がゲノムに与える影響、(2)集団の起源・移住過程、(3)熱帯感染症とヒトの遺伝的適応、(4)オセアニア地域集団における体型・脂質代謝関連多型、(5)ゲノムインフォマティクスについて研究しています。

自然選択がゲノムに与える影響

-正の自然選択-

分子進化の大部分は中立的な変異の蓄積に起因しますが、生物進化の過程で表現型に大きな影響を及ぼした変異の中には正の自然選択が作用したものが多いと考えられます。私たちは、遺伝子配列解析・多型解析・統計解析・集団遺伝学的解析(コンピュータシミュレーション)によって、正の自然選択が作用して進化してきた遺伝子を同定し、その分子進化のメカニズムを解明したいと考えています。特に注目しているのは、有利なアリルが未だ固定には至っていない最近の正の自然選択についてです。連鎖不平衡を指標とし、最近の正の自然選択のターゲットとなった変異の選択強度や誕生時期を推定することができます。また、関連解析などによって、正の自然選択の対象となった表現型を知ることもできます。Coriell社より購入したHapMapサンプルを用いて、HapMapプロジェクトや1000ゲノムプロジェクトでは調べられていない(データベースに登録されていない)多型の解析を行い、周辺多型との連鎖不平衡の程度から、最近の正の自然選択が作用してきたアリルを同定する試みも行っています。

-HLA遺伝子に作用する超優性選択-

ヒトゲノム中で最も強い自然選択が作用してきたのはHLA(ヒトのMHC)遺伝子です。HLA分子の主要な機能は病原体由来ペプチドをTCRに提示することです。ヘテロ接合の個体は2種類のHLA分子を発現するため、ホモ接合体よりも多くの種類のペプチドをTCRに提示します。多種類のペプチドを提示できるということは、より多くの病原体に対抗できることを意味します。そのため、ヘテロ接合体はホモ接合体よりも生存上有利になります(このような自然選択を超優性選択といいます)。アリル数が増えるとヘテロ接合体頻度も増えるため、自然選択の効果により数千を超える膨大な種類のアリルがヒト集団中に維持されています。特に興味深いのは、他のHLAアリルよりもチンパンジーのアリルに配列が似ているヒトのHLAアリルが存在することです。つまり、多型が種を超えて維持されているのです。私たちは、そのような種を超えたHLA多型を調べ、一般的な遺伝子やHLA領域以外のゲノム領域の解析からはわからないヒト祖先集団の進化史について研究しています。また、マラリア、デング熱、HBV、HIVなどに感染した個体のHLA遺伝子を調べ、現在作用する自然選択についても研究しています。

集団の起源・移住過程

-オセアニア集団の移住・拡散-

南太平洋に位置するオセアニアは、地理学的にメラネシア、ミクロネシア、ポリネシアに、言語学的には非オーストロネシア語族とオーストロネシア語族とに分類されます。人類学的、考古学的、言語学的研究などにより、人類のオセアニア地域へ大規模な移住が、過去2回あったことが分かっています。今から約5万年前には、非オーストロネシア語を話す集団が、サフル大陸(現在のオーストラリア大陸とタスマニア島、ニューギニア島の陸つづき)に到達したと考えられています(オセアニアへの第一の移住)。その後、サフル大陸が現在とほぼ同じ地形になった約5000年前、オーストロネシア語を話す集団が、東南アジアからニューギニア島北側を西から東へ移住したと考えられています(オセアニアへの第二の移住)。第二の移住者はとても速く拡散しましたが、未だ正確な拡散ルート、第一の移住者と第二の移住者との遺伝的近縁関係は明らかにされていません。私たちは、フィールドワークによってオセアニア地域集団(パプアニューギニア、ソロモン、トンガ)の人々からDNA試料を提供していただき、各種遺伝マーカー(HLA、ABO、mtDNAなど)やゲノムワイドSNPデータの解析を通して、オセアニア集団の移住・拡散ルートの解明を目指しています。

-日本列島人の起源-

日本列島人の起源を含めたアジア系集団の近縁関係についても調べています。HLA遺伝子のハプロタイプ解析により、本土人と韓国人とは近い関係にあることが分かりました。これは、弥生時代に朝鮮半島経由で日本列島へ移住した人々の子孫が現代本土日本人の主体であることを反映していると思われます。アイヌ人、琉球人、本土人のゲノムワイドSNP解析により、現代日本列島人は、縄文人の系統と渡来人(弥生人)の系統の混血集団であることがわかりました。また、現代日本人の全ゲノム配列データを用いて、縄文人と弥生人の起源や集団史に迫る研究も行っています。

熱帯感染症とヒトの遺伝的適応

-マラリア-

マラリアは熱帯・亜熱帯地域に生息するハマダラ蚊属の蚊の吸血によって媒介する感染症で、熱帯熱マラリア・四日熱マラリア・三日熱マラリア・卵型マラリアの4種類があります。その中でも熱帯熱マラリアは症状が重く、重症化すると死亡することもまれではありません。私たちは、タイ北西部に居住するタイ人マラリア患者を対象として、脳性マラリアなどのマラリア重症化に対する感受性または抵抗性を示す遺伝子多型の検出とその進化学的解析を行っています。また、マラリア患者(ホスト)とその患者に感染している熱帯熱マラリア原虫(病原体)を対象に、マラリア感染の成立・維持の過程において、直接的に作用しあうヒト側分子と原虫側分子をコードする遺伝子を解析して、ヒトと原虫の遺伝子多型間の相互作用や、多型や遺伝子に作用する正の自然選択の検出を試みています。

-デング熱-

デングウイルスの感染によって引き起こされるデング熱は、ネッタイシマカ・ヒトスジシマカの吸血によって媒介する感染症です。デング熱は媒介者であるネッタイシマカの生息域と感染地域がほぼ一致しており、全世界で年間約1億人がデング熱を発症し、約25万人がデング出血熱を発症していると考えられています。アジアを中心に熱帯・亜熱帯地域が主な感染地域ですが、昨今の地球温暖化により媒介蚊の生息範囲の拡大が懸念されています。デング熱は軽症ですみますが、デング出血熱という重篤な病型をとると、ショック症状で死亡することもあります。デングウイルスにはI~IV型の4つのタイプがあり、異なるタイプのウイルスに感染する2度目の感染が、デング出血熱を発症するリスクの1つであることが知られています。しかし、2度目の感染でも重症化しない個体がほとんどであり、重症化の原因についてはよく理解されていません。私たちは、タイに居住するデング熱・デング出血熱の患者(15歳以下の子供)を対象として、感染したウイルスのタイプや年齢を調整した上で、デング出血熱に対する感受性または抵抗性を示すヒト遺伝子多型の検出とその進化学的解析を行っています。

オセアニア地域集団における体型・脂質代謝関連多型

オーストロネシア語を話すポリネシア人の祖先は、東南アジアを出発し、ニューギニア島を経由してポリネシア地域に拡散したと考えられています。少ない食料からエネルギーをたくさんため込むことができる倹約遺伝子型の形質は、大海原の航海(生存)にとても有利でしたが、現代においては過剰にエネルギーを蓄積し、肥満や生活習慣病などをもたらす要因となったと考えられています。現在のオセアニア地域では、近代化に伴う生活(主に食生活)の変化により、生活習慣病の罹患率が増加しています。私たちは、オセアニア地域の人々を対象に、体型(身長、体重、BMIなど)、脂質(血液中の中性脂肪、コレステロールなど)代謝と関連する多型を、候補遺伝子アプローチによって探索しています。また、データベースを利用して、着目する遺伝子の発現量と関連するSNPも調べています。

ゲノムインフォマティクス

様々な生物種のゲノムデータベースが公開されていますが、多様性情報まで含めて考えると最も充実しているのはヒトのデータベースです。私たちは、データベースから取得した情報のみを利用して、旧人(ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノム配列が公開されています)との混血によって現代人の祖先に移入し、現代まで維持されてきたヒトゲノム領域を同定し、そのような領域の個体間・集団間の違い、移入変異によってもたらされる機能変化、各領域に作用した正と負の自然選択について調べています。また、全ゲノム変異データ、遺伝子発現データ、メチル化領域データなどを統合し、遺伝子発現・メチル化に影響を与える多型についても調べています。

理論集団遺伝学

ヒトゲノム研究の分野では、データ駆動型の研究が盛んに行われています。実データを解析するためのプログラムも公開されており、データさえあれば何かしらの結果を得ることができます。しかし、集団遺伝学的解析を行うプログラムの中には、その開発者が検証しただけで十分な裏付けのないものも多く存在します。私たちは、コンピュータシミュレーションによって疑似データを生成し、実データをもっともうまく説明できる各種パラメタを推定したり、実データの解析に有効な指標の開発も行っています。