Kakugo ウイルス:攻撃性の高い働き蜂の脳から同定された新規ウイルス

ミツバチの働き蜂は、巣(コロニー)を防衛するために針を用いて外敵を攻撃する。ミツバチの針は返し構造をもつため、攻撃に用いると外敵の体表に刺さって脱落し、これが致命傷となって攻撃個体は死亡する。自らの命と引き換えにコロニーを外敵から防衛するこの攻撃行動は利他行動の典型であり、自分が死亡しても血縁個体が生き残ることで包括的適応度を保つという、社会性動物に特徴的な行動である。しかしながら、このミツバチの利他的な攻撃行動がどのように脳で制御されているのか、その分子的基盤は不明である。

オオスズメバチはミツバチの天敵であるが、オオスズメバチに対する働き蜂の応答は同一コロニー内でも異なっており、オオスズメバチを囮として門番蜂に提示すると真っ先に攻撃する個体(攻撃蜂)が見られる一方で、巣の内部には逃避行動を示す個体も見られる(逃避蜂)。このようにオオスズメバチを用いることで、攻撃性の高い働き蜂と低い働き蜂を分離・採集することができる。私たちは、攻撃蜂と逃避蜂の脳での遺伝子発現パターンを比較するために、Differential display法による解析を行った。その結果、攻撃蜂の脳で特異的に検出されたRNAの一つが新規な遺伝子産物であることを見出し、これを Kakugo と名付けた。あたかも「覚悟」ができているかのような、働き蜂から見つかったためである。その後の塩基配列の解析や幾つかの実験から、Kakugo RNA は新規なピコルナウイルス(Kakugo ウイルス: KV)のゲノムRNAであることが判明し、攻撃蜂の脳にこの新規なウイルスが感染していたことが判明した (Fujiyuki et al, 2004)。

その後、KVの感染分布を詳細に調べた結果、分布はコロニーによって異なることが分かってきた。まず上記の通り、KVが攻撃蜂に特異的に感染しているコロニーが2つ発見された。一方で、KVの感染率や感染量が高いコロニーでは、KVが攻撃蜂のみならず巣内の働き蜂にも感染し、コロニー全体にKV感染が蔓延している例も複数発見された。さらに、こうしたコロニーではミツバチヘギイタダニが寄生しているケースが見出された。ミツバチヘギイタダニは一般にミツバチにウイルスを媒介すると考えられており、KV感染もこのダニに媒介される可能性がある (Fujiyuki et al, 2006)。これらの結果は、ミツバチウイルスの感染分布を調べた初めての例と思われる。

KV感染とミツバチの攻撃行動との関係は大変興味深い問題であるが、未だに謎が多い。攻撃蜂特異的にKVが感染しているコロニーが見つかったことから、私たちは当初、KV感染が門番蜂の攻撃性と関連する可能性を考えた。例えば、KV感染が門番蜂の攻撃性を促進する可能性や、攻撃性の高い門番蜂がKVに感染しやすい性質を持つ可能性などである。しかしながら、コロニー全体にKV感染が蔓延する状況も見つかることから、現在はKV感染が門番蜂に限らず、様々な働き蜂の攻撃性と関連する可能性を検証することが必要と考えている。ミツバチを飼育していると、コロニーによって攻撃性が異なることをしばしば経験するが、こうした現象とKV感染が関連するのか、また感染性KVクローンを取得し、その人為的感染により攻撃性が誘導されるかという点の解明が重要である。

さて、近年KVと非常に近縁なウイルスが欧州の研究グループによって報告されている。ミツバチの羽変形病の原因と古くから考えられてきたdeformed wing virus (DWV) である。そのゲノム塩基配列はKakugo RNAと高い相同性を示すが、KVの系統解析の結果から、KVは欧米諸国で検出されるいずれのDWVとも別系統に属することがわかっている。したがって、これらは同じウイルスでありながら異なる病原性を示す、日本あるいはアジア地区に特有な系統である可能性がある (Fujiyuki et al, 2006)。KVとDWVの性質の違いも、興味深い課題の一つである。

微生物の感染により動物の行動が変化する例はしばしば見受けられるが、その多くは病理的(pathogenic)である。KVの感染は、遺伝子サイドからの研究でないと分からなかったものであり、KV感染は宿主の生理的(physiologic)な応答を変容させる可能性がある。私たちはKVがミツバチと共進化し、その適応的な攻撃行動を修飾している可能性を考えて研究を進めている。

(2007.1.25.)

原著論文

Prevalence and phylogeny of Kakugo virus, a novel insect picorna-like virus that infects the honeybee (Apis mellifera L.), under various colony conditions.

Tomoko Fujiyuki, Seii Ohka, Hideaki Takeuchi, Masato Ono, Akio Nomoto, and Takeo Kubo. (2006) Journal of Virology, 80, 11528-11538.

Novel insect picorna-like virus identified in the brains of aggressive worker honeybees. Fujyiuki T, Takeuchi H, Ono M, Ohka S, Sasaki T, Nomoto A, and Kubo T (2004) Journal of Virology, 78(3), 1093-1100.

総説

Kakugo virus from brains of aggressive worker honeybees.
Tomoko Fujiyuki, Hideaki Takeuchi, Masato Ono, Seii Ohka, Tetsuhiko Sasaki, Akio Nomoto, and Takeo Kubo. (2005) Advances in Virus Research, 65, 1-27.

セイヨウミツバチの攻撃的な働き蜂の脳から同定されたKakugoウイルス
藤幸知子、竹内秀明、久保健雄 (2004)ミツバチ科学、25、145-151.