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ウイルスに感染した植物の生理生態学

舟山(野口)幸子 [PD]

 全ての植物は,病気にかかります.それは,作物だけではなく,自然に生えている野生植物も同じです.例えば,梅雨明けによく見られる白い粉をふいたオオバコは,うどん粉病菌の感染を受けています.長い間,野生植物には,病気は流行しないか,あるいは流行してもあまり影響を及ぼさないと考えられてきました.しかし,ここ15年くらいの間に研究が進み,病原体の感染が,野外で起こっている様々な生態学的・進化学的過程に関わっていることが明らかになってきました.

 病気は,多くの種が一緒に生えている野外の状況において,特定の種(宿主植物)の特定の遺伝子型(罹病性植物)の個体にだけ,悪い影響を及ぼします.このことから,自然生態系において病気は(1)個体群動態の調節,(2)個体群内の遺伝的変異の維持,(3)有性生殖の進化,(4)種の分布の決定,(5)種の多様性の促進,といった役割を持つことが提案されています.そして,現在までに,それらを裏付ける知見もかなり出されてきました.

 私は,病気が野外の生態学的・進化学的過程において果たしている役割に興味を持ち,研究を始めました.現在は,病気が野生植物に及ぼす影響だけでなく,病原体(特にウイルス)と植物の相互作用に広く興味を持ち,研究をしています.以下に,今までおよび現在の研究内容について,解説します.



1.ジェミニウイルスの感染がヒヨドリバナの個体群動態および成長に及ぼす影響

Field (Gora-dani) Field (Mt. Minou)
図1-1 図1-2
図1 フィールドの写真

 ヒヨドリバナ(Eupatorium makinoi Kawahara et Yahara)は,林の縁や植林地,伐採跡地などに自生するキク科の多年生草本です.また,野外でしばしば見られるヒヨドリバナの黄色の斑入りは,ジェミニウイルス(Tobacco Leaf Curl Geminivirus)の感染によりものであることがわかっています.

 まず,私は,福岡県太宰府市の河原谷(図1-1)と久留米市の耳納山(図1-2)で,ジェミニウイルスの感染が野外のヒヨドリバナに及ぼす影響を調べました.ウイルス感染が流行すると,ヒヨドリバナの局所個体群は,衰退することがわかりました(図2).特に,河原谷では,調査開始時にあった119個体が,ウイルス流行後には1個体にまで減り,個体群はほぼ絶滅してしまいました.個体レベルでの詳しい調査から,(1)ウイルス感染は,ヒヨドリバナの成長を低下させ,個体サイズを小さくすること,(2)ヒヨドリバナは,個体サイズが小さいほど死亡率が高くなること,がわかりました.そこで私は,野外でヒヨドリバナは,ウイルス感染により個体サイズが小さくなり,死亡率が増加し,その結果,個体群が衰退したと結論しました.


 一方,ジェミニウイルスに感染した黄色い斑入りのヒヨドリバナは万葉集(752年)の中に登場し,この記載が世界最古の植物ウイルスの記録として知られています.このことは,ジェミニウイルスは,少なくとも8世紀からヒヨドリバナと共存してきたことを意味します.ジェミニウイルスが,局所的にはヒヨドリバナ個体群を絶滅させてしまうのにもかかわらず,種レベルでは長い間,共存してきたというのは,非常に興味深い現象です.この共存メカニズムを明らかにすることは,今後の課題の一つです.

図2

 ウイルス感染による成長の低下が,野外で起こっている現象において重要であることが明らかになったので,次に,ウイルス感染がヒヨドリバナの成長に及ぼす影響を定量的に調べました.植物の成長速度は,光合成や呼吸といった生理学的な性質と,個体がどれくらい物質生産を行う葉を持っているかといった形態的な性質とによって決まります.前者は純同化率(Net Assimilation Rate),後者は葉面積比(Leaf Area Ratio)というパラメーターで表されます.

 ウイルスに感染したヒヨドリバナでは,相対成長速度(Relative Growth Rate)と純同化率は減少しましたが,葉面積比は増加していました(図3).また,個葉の光合成速度や受光量などを実測して,光合成生産量を計算したところ,個葉の光合成が純同化率を決定する重要な要因であることがわかりました.以上から,ウイルス感染したヒヨドリバナの成長の減少は,純同化率の減少,ひいては光合成の減少によることが明らかになりました.

図3

原著論文
  1. Funayama, S. and Terashima, I. (1999) Effects of geminivirus infection and growth irradiance on the vegetative growth and photosynthetic production of Eupatorium makinoi. New Phytol. 142: 483-494.
  2. Funayama, S., Terashima, I., and Yahara, T. (2001) Effects of virus infection and light environment on population dynamics of Eupatorium makinoi (Asteraceae). Am. J. Bot. 88: 616-622.

2.ジェミニウイルスの感染がヒヨドリバナの光合成に及ぼす影響

感染個体と非感染個体
ウイルス感染個体 非感染個体
図4 ヒヨドリバナ
図5

 個体群・個体レベルの研究から,光合成が大事であることがわかりました.そこで,ウイルス感染したヒヨドリバナの葉の光合成特性を詳しく調べました.典型的な斑入りのヒヨドリバナの葉では,弱光下の光合成速度は下がっていましたが,飽和光下での光合成速度は下がっていませんでした(図5).ウイルス感染葉では,葉のクロロフィル量が減り,そのために光を集めるアンテナクロロフィルタンパク質(LHCII)が減少し,光吸収率が低下していました.このことが,弱光下での光合成速度の低下をもたらしていました.一方,葉の黄化が激しい場合には,飽和光下での光合成速度も低下しましたが,これは別のメカニズムによると考えられます.

 ウイルス感染葉が黄化するのは,クロロフィルの蓄積が減るためです.今までのところ,クロロフィル合成の律速段階の一つであるアミノレブリン酸合成が,ウイルス感染葉で低下することがわかっています.今後は,ウイルスと植物のクロロフィル合成が直接,相互作用しているのか,あるいは間接的な関係なのか,またどのウイルスのコンポーネントが関係しているのかなどを明らかにしていきたいと思っています.また,多くのウイルスが宿主植物を黄化させることを考えると,ウイルス感染と植物のクロロフィル合成の関係の一般性も,興味深いテーマの一つです.


原著論文
  1. Funayama, S., Hikosaka, K., and Yahara, T. (1997) Effects of virus infection and growth irradiance on fitness components and photosynthetic properties of Eupatorium makinoi (Compositae). Am. J. Bot. 84: 823-829.
  2. Funayama, S., Sonoike, K., and Terashima, I. (1997) Photosynthetic properties of leaves of Eupatorium makinoi infected by a geminivirus. Photosyn. Res. 53: 253-261.
総説
  1. Funayama-Noguchi, S. (2001) Ecophysiology of virus-infected plants: a case study of Eupatorium makinoi infected by geminivirus. Plant Biol. 3: 251-262.

3. Hakea prostrataのcluster rootsの有機酸分泌と呼吸特性

 西オーストラリア大学のLambers教授が行っているHakea projectに参加してcluster rootsの仕事を少ししてきました.(ウイルスや植物の病気とは関係のない仕事ですが..)詳細はこちらをご覧下さい(http://www.plants.uwa.edu.au/).


おわりに

 研究することの厳しさをはじめ,いろいろなことを学んで,オーストラリアから戻ってきました.これからしばらくは,古巣で楽しみながら研究をやりたいと思っています.ところで,私がウェブページで研究の解説を書くのを後押ししてくれた国立環境研の竹中さんの文章が,昨年秋に更新されたようです.



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