研究内容

3. 痛みの認知メカニズム:感受性、情動制御、行動制御、脳疾患

  • (1) 痛みの感受性を決定する仕組み:回路発達と制御
現在、我が国の人口の30%以上が何らかの痛みを伴う疾患により苦しんでおり、とくに痛覚過敏症や慢性疼痛などの痛みを伴う疾患は、超高齢化社会を迎える我が国の非常に大きな問題となっています。近年の研究から、痛覚感受性は、遺伝的要因に加えて、その個体が育った環境に依存して大きく変動することがわかってきました。私たちは、ショウジョウバエとマウスをモデルとして、発達の過程で痛覚感受性が可塑的に制御される分子メカニズムと神経回路メカニズムの解明に取り組んでいます。

 

  • (2) 心(不快情動)が生まれる仕組み
痛み刺激は、生物の脳内に、不安や恐怖などの不快情動を生み出す強力なトリガーとなります。私たちは、ショウジョウバエとマウスをモデルとして、痛みが不安や恐怖などの不快情動を生み出すために、どのようなニューロンや局所神経回路が働いているのかを明らかにし、その作動原理を理解することにより、脳が心を生み出す神経メカニズムを明らかにしたいと考えています。

 

  • (3) 痛みの感覚情報を適切な逃避行動へと変換する神経回路メカニズム
生物は、自分が置かれた状況に応じて、最も適切な行動を選択することができます。例えば、ショウジョウバエ幼虫は、嫌な刺激や対象物に出会うと、はじめは前進運動や回転運動により刺激や対象から遠ざかろうとしますが、それでも逃げきれないときには、後退運動を使って対象から逃れようとします。つまり、前進運動や回転運動では逃げきれないという条件下において初めて、後退運動という「行動選択」を行います。このような行動選択の仕組みは、その生物が生まれながらに脳神経回路に組み込まれていると想定されますが、これまで具体的な仕組みはほとんど理解されていません。私たちは、生物が、痛みなどの不快な感覚情報を、適切な逃避行動へと変換する神経回路メカニズムに興味を持って研究を行なっています。

 

  • (4) 痛み感受性と発達障害
自閉症などの発達障害疾患では、幼少期に痛覚を含む感覚過敏を呈することが知られており、この感覚(痛覚)過敏が、発達障害疾患において対人関係や社会性をうまく構築できない原因となっている可能性が指摘されています。私たちは、ショウジョウバエとマウスの病態モデルを用いて、なぜ発達障害疾患において感覚(痛覚)過敏となるのか、その神経メカニズムに着目して研究を行なっています。
オプトジェネティクス技術により痛覚ニューロンを光活性化したショウジョウバエ幼虫は、逃避行動であるローリングを行う。