東京大学グローバルCOE 生体シグナルを基盤とする統合生命学
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記憶・学習を制御するKIF分子モーター

(Neuron 70: 310–325, 2011)

細胞はその機能に必要なさまざまな物質を、微小管のレールの上を走る分子モーターを使った物質輸送メカニズムによって、細胞の隅々にまで運んでいます。NMDA受容体は、グルタミン酸に結合してはたらく受容体であり、動物の記憶や学習に深くかかわりを持つことが知られていますが、NMDA受容体の輸送が脳や神経の機能にどのような意味を持つのか、ほとんど不明のままでした。今回、大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻の廣川信隆特任教授、尹喜玲特任研究員らのチームは、キネシンスーパーファミリータンパク質KIF17分子モーターがNMDA受容体の輸送を行うだけではなく、その量を調節していることを見出しました。NMDA受容体にはいくつかの種類(サブユニット)があります。KIF17を欠いたマウスの神経細胞を調べると、サブユニット2Aとサブユニット2Bの量が減り、その結果、マウスの学習能力は著しく低下します(図1)。更に詳しく調べると、サブユニット2Aが壊れやすくなっていること、サブユニット2Bの生成量が減っていることがわかりました。面白いことに、神経の働きが盛んになるとKIF17とNMDA受容体の量がともに増え、運ばれるNMDA受容体の量も増大します。この発見で重要なことは、KIF17 が単にNR2B を輸送しているだけでなく、NR2B および、自身(KIF17)の遺伝子mRNA の転写を制御していることが解明されたことです。このことで、勉強すればするほど頭が良くなるという説の根拠が解明されました。このようなKIF分子モーターによる脳・神経機能の調整機構は、将来、神経疾患の治療法への新しいアプローチとなることが期待されます。

本GCOEプログラム事業推進担当者
医学系研究科 細胞生物学講座/分子構造・動態学寄付講座・特任教授 廣川信隆

図1

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