東京大学グローバルCOE 生体シグナルを基盤とする統合生命学
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光による概日時計の時刻合わせと目覚ましの仕組みを解明

(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 108: 4864–4869 )

生物は一日の時間を知るための概日時計を体内に備えています。この概日時計は周囲の光環境の変化に同調するための時刻合わせ機能を持っていて、「日暮れ後」に光が当たると時刻を遅らせ、一方、「夜明け前」の光では時刻を進めます。このように光を受けるタイミングによって正反対の時刻変化を示すことは全ての生物の概日時計に共通した特徴ですが、その分子的な仕組みはよく分かっていませんでした。

そこで私たちは「日暮れ後」または「夜明け前」の光で活性化される遺伝子をDNAマイクロアレイを用いて網羅的に探索し、時刻によって異なる光応答を生み出す分子メカニズムに迫ろうと考えました。光感受性の時計細胞をもつヒヨコ松果体を用いた解析の結果、コレステロールの生合成を促進する多数の遺伝子が「日暮れ後」の光で活性化されることを見出しました。興味深いことに、これらの遺伝子の光応答パターンは、E4bp4遺伝子の光応答と非常によく似ていました。E4BP4は時計遺伝子Per2を抑制して概日時計の時刻合わせをする重要な因子です。そこで、これら一群の遺伝子の光応答を引き起こす上流因子を探索した結果、コレステロール生合成系の遺伝子群を誘導する転写因子SREBPが浮かび上がりました。解析を進めたところ、「日暮れ後」の光によってSREBPが分子内のペプチド切断によって活性化すること(普段は小胞体に存在するが分子内切断されると核内に移動)、さらに活性化SREBPがE4bp4遺伝子の転写を活性化することを明らかにしました。SREBPは「日暮れ後」に光刺激を受けた概日時計の応答を生み出す「鍵因子」であると考えられます(図)。

この重要な結論と共に、新しい疑問が生まれました。「日暮れ後」の光でE4bp4遺伝子と共に活性化されたコレステロール生合成系の遺伝子群は、いったい何をしているのか?という疑問です。紆余曲折の末、私たちは松果体の新しい生理機能にたどり着きました。すなわち、コレステロールをもとに7α-ヒドロキシプレグネノロンという神経ステロイド(脳内で合成され多彩な生理活性を持つステロイドホルモンの総称)が松果体で活発に合成され、分泌されていることが判明しました。「日暮れ後」に松果体を取り出して光刺激を与えると7α-ヒドロキシプレグネノロンの分泌量が上昇し、ヒヨコ脳内に7α-ヒドロキシプレグネノロンを投与すると行動量が大きく上昇しました。これらの結果から、神経ステロイドの分泌を介して目覚ましに寄与する、という松果体の新しい生理機能が明らかになりました(図)。

本研究は、一日の時刻に依存して光活性化される経路を明らかにしただけではなく、遺伝子発現が行動の変化を導く過程を分子レベルで明確に示しました。これまでの長い研究の歴史で、松果体はメラトニンの合成と分泌を介して睡眠を促進する器官と考えられてきました。ところが、これとは逆に松果体が目覚ましにも寄与するという今回の新たな知見は、今後、時差ボケの解消方法を見つけていく上でも重要な足がかりになると期待されます。

なお、本研究は早稲田大学 教育・総合科学学術院の筒井和義教授、国立循環器病研究センターの宮田敏行部長・小亀浩市室長、東京大学大学院 農学生命科学研究科の佐藤隆一郎教授、および山口大学大学院医学研究科の中井彰教授との共同研究により行われました。

本GCOEプログラム事業推進担当者
理学系研究科生物化学専攻教授 深田 吉孝

図 光による概日時計の時刻合わせと目覚ましの仕組み

図 光による概日時計の時刻合わせと目覚ましの仕組み