研究テーマ2: 光阻害のメカニズム
研究の背景
光は植物にとって欠くことのできない資源である一方、そのエネルギー故に光合成器官に損傷を与える。(Osmond et al. 1997; Osmond 1994; Chow et al. 2005; Demmig-Adams
& Adams 2006)。光阻害は主に光化学系IIの不活性化が原因であるが、このメカニズムについて現在、二つの仮説が提唱されている。一つ目は、葉が受けた光エネルギーのうち光合成や熱放散などで消費しきれない過剰な光エネルギーがダメージを引き起こすとし、Excess energy仮説と呼ばれる(Ogren et al. 1984, Vass
et al. 1992)。二つ目は、光化学系IIの酸素発生系に存在するマンガンが光によって励起されることで遊離し、酸素発生系が機能を失った状態で、光化学系IIの反応中心が励起されることがダメージを引き起こすというもので、Two-step仮説と呼ばれる(Hakala et al. 2005, Ohnishi et al. 2005)。前者では、過剰な光エネルギーが発生しない弱光環境では光化学系IIの光阻害は起こらないはずであるのに対し、後者では弱光環境であっても一定確率でマンガンが光を吸収するために光阻害は起こるはずである。このように二つの説には根本的な違いがあるが、論争に決着がついていない。
我々は、これまでの研究ではこれらのメカニズムが光阻害に同時に関わる可能性が考えられてこなかったことに注目した。そこで、両方のメカニズムが同時に起きている可能性を考慮し、これらのメカニズムの寄与を定量することを目的とする研究を行った。
植物は光阻害の修復機構を持っており、常に壊れた光化学系の修復が行われているため、光阻害速度が修復速度を上回るような強い光環境でないと、光阻害を観察することは出来ない。しかし、実際には光化学系の損傷と修復の速度は速く、修復には大きなコストがかかると考えられる。本研究ではこの光化学系修復の阻害剤を用いて、実際にどれほどの光化学系が壊れるかを調べた。
我々は以下の2点を工夫した実験系を考案した。1. 過剰なエネルギーが生じない30 μmol m-2 s-1ほどの弱光ではexcess energyメカニズムによる光阻害は起きないのに対しtwo-stepメカニズムによる光阻害は起きるため、この光環境での光阻害を測定することでtwo-stepメカニズムによる光阻害の大きさを推定できる。また、過剰エネルギーが高まる強光環境での光阻害強度と比較することで、excess energyメカニズムによる光阻害への寄与の推定も可能である。2.
excess energyメカニズムではクロロフィルによる吸光が光阻害の原因となるのに対しtwo-stepメカニズムではマンガンによる吸光が光阻害の原因であるが、クロロフィルとマンガンでは吸収スペクトルが大きく異なる(図1)。クロロフィルは青色と赤色域に極大吸収波長があるため、excess energyメカニズムでは青色と赤色で緑色に比べて光阻害が大きくなるはずであるが、マンガンは紫外線域に極大吸収波長があり、青色から赤色にかけて吸光度が低下していくためtwo-stepメカニズムでは青色、緑色、赤色の順に光阻害が大きくなると考えられている。よって、異なる色のLED光源を用いた光阻害実験により、各メカニズムの影響の大きさを推定することができる。
図1 クロロフィルとマンガンの吸光スペクトル
また、我々はこれまでのTwo-step仮説を支持する研究が比較的強い光を用いて単離チラコイド膜や切り葉で行われてきたことにも注目した。単離チラコイド膜や切り葉の状態では光合成活性を高い状態に保つことが難しい。弱光下で徐々にexcess energyが高まり、excess energyによる光阻害への影響を正しく評価できなくなる可能性が高い。そこで、我々はin vivoの弱光環境で実際に光阻害が起こるのかを確かめるため、根から光化学系の修復阻害剤を吸わせた個体を用いて、切除していない葉の光阻害を非破壊的に観察することにした。
研究結果
(1)光阻害のメカニズム:光阻害処理は、白色、青色、緑色、赤色LEDを用いて、弱光、中光、強光(それぞれ30, 60, 950 μmol m-2 s-1) 環境で行った。受光量あたりの光阻害の強度は、弱光や中光よりも強光で有意に高くexcess energyメカニズムによる貢献を示した(図2)。一方で、過剰エネルギーがほとんどない弱光や中光でも光阻害は起きており、光阻害の強度が青色、白色、緑色、赤色の順で高かったことはtwo-stepメカニズムによる貢献を意味する。これらの結果から、excess
energyメカニズムとtwo-stepメカニズムの両方が同時に起きていることが支持された(11: Oguchi, Terashima and Chow 2009)。
図2 光阻害処理による受光量と処理前を100%としたときの光化学系IIの活性の関係。縦軸が小さくなるほど光阻害が起きていることを示す。+:光化学系の修復阻害剤を加えずに弱光で光阻害処理、○は修復阻害剤を加えて光阻害処理をしたもの。色が薄いものから順に弱光、中光、強光で光阻害処理。
(2)新しい光阻害・光化学系II活性測定法:(1)の研究を行う際、新たな光阻害・光化学系II活性の測定法を考案、導入した。これまで用いられてきたクロロフィル蛍光法は(Genty
et al. 1989)、葉の表面の光化学系IIの状態は測れても、葉の内部深くの状態を測ることが出来ない。光阻害を受けた葉は、表側は強い光を受けるために強い光阻害を受けているが、裏側は葉の組織を通過した弱い光しか受けないためにまったく光阻害を受けておらず、クロロフィル蛍光法では葉全体の光阻害を正しく評価できない。そこで、我々は、新しい全組織的な測定法を考案した。活性のある光化学系IIは光化学系Iへと電子を渡す役割があるが、この電子の流れにより光化学系Iの酸化還元状態が変化すると葉の吸光スペクトルが変化する。この変化は820nmというクロロフィルなどの色素によってほとんど吸収されない波長においても見られるため、測定光は葉全体に行き渡り、全組織的な測定を行うことが可能である(4: Losciale, Oguchi, Hendrickson, Hope, Corelli-Grappadelli and Chow
2008)。
(3)光化学系IIの修復速度の決定要因:植物は光阻害によって機能を失った光化学系(PS)IIを修復する能力を持つ。この修復速度は種や環境条件によって異なることが知られている。機能を失ったPSIIを修復するためには、そのPSIIをグラナチラコイドからストロマチラコイドへと輸送する必要があると考えられている。よって、我々は葉緑体中の物質濃度が高すぎると機能を失ったPSIIの輸送に大きな抵抗がかかり、修復速度が低下すると予測した。そこで、陽生植物であるホウレンソウと陰生植物であるクワズイモを用いて低温化で光阻害処理を行い、その後のPSIIの回復実験を行った。ホウレンソウとクワズイモは強光と弱光の二条件で生育し、回復実験は水ストレスを与えた場合とコントロールの二条件で行った。結果は、水ストレスによって葉緑体体積が減少し、葉緑体中の物質濃度が上昇した場合や、弱光環境での生育により葉緑体中のグラナ構造が発達して、PSIIの輸送距離が長くなると考えられる状況でPSIIの修復速度は低下した。このことはホウレンソウとクワズイモの両者で見られたが、陰生植物であるクワズイモの方がより修復速度は低かった。これらの結果は葉緑体中の物質濃度が高すぎるとPSIIの修復速度が低下するという我々の仮説を支持すると考えられた (7:
Oguchi, Jia, Barber and Chow 2008)。
(4)葉内での光阻害の勾配:森林などの群落では群落上部から下部にかけて光強度の勾配が見られるが、一枚の葉の内部でも光強度の勾配が見られる。これは群落で葉が光を吸収することで光強度が減衰していくのと同様に、葉の内部では葉緑体が光を吸収することで葉の表側から裏側にかけて光強度が減衰していくためである。
光阻害は光エネルギーによって引き起こされるため、光強度が強いほどより光阻害が強く起こる。このため、葉内での光強度の勾配は、葉内での光阻害の程度にも勾配をもたらすと考えられる。また、光はその波長・色によって葉緑体による吸光度が異なる。葉や葉緑体が緑色をしていることからも解るように、赤や青色の波長の光に比べると緑色の波長の光は、葉緑体に吸収されにくく、葉内でより深くまで光が届いている。このような波長・色による葉内での光強度の勾配の差は、葉内での光阻害の程度の勾配にも差をもたらすと考えられる。
これらの仮説を確かめるため、光ファイバーを用いたクロロフィル蛍光測定装置を立ち上げた。光ファイバー1本の先端をバーナーで熱して引き延ばし、先端の細さを直径30 μm程に細くすることで、ファイバーが葉内に刺さるようにした。マニュピレーターを用いてマイクロメーター単位で差し込んでいくことで、葉内の各深さでの光阻害の程度が測定できるようにした。結果は、予測通り、赤や青色の波長の光に比べて緑色の波長の光の方が葉内での光阻害の程度の勾配が弱いことが示された。また、葉の表面付近では青、赤、緑の順で光阻害が強く起こっていたが、葉の内部では赤と緑の順番が逆転していた(図3)。これらの結果は、Excess energy説とTwo-step説の両者が光阻害に関わっていることを支持するものであった (13: Oguchi, Douwstra, Fujita, Chow and Terashima 2011)。
図3 葉の表からの深さとFv/Fmの関係。Fv/Fmが低い程光阻害が強く起きていることを示す。シンボルの色は阻害光の色を示す。
これまでの研究では一つの光阻害メカニズムだけによる評価が行われていたため、正しい光阻害量を評価できておらず、光阻害速度を決定する要因も正しく評価できていなかったことが明らかになった。今後はどちらの光阻害メカニズムがどの程度光阻害に貢献しているかを定量化することで、集光能力と光合成能力の関係や表皮のスクリーン物質量などの光阻害速度を決定する要因を明らかにし、植物が光環境の変化に対してどのように応答・順化することが最適であるかを明らかにしていくことが課題となる。