進化遺伝学研究室

Laboratory of Evolutionary Genetics

 

 植物は,動物と同様,たった一個の受精卵から,複雑な体制をもった成熟した成体へと発生・成長します.受精卵はまず胚発生を行い,一時休眠という形で生命活動を停止し,種子が形成されます.発芽した芽生えは,光合成を行うための葉を作り出し,これは茎によって支えられ,地下部では,栄養や水分を吸収するとともに地上部をしっかりと支持するための根が発達します.

植物の発生分化の特徴

 このような,葉や茎,根は,胚発生時に作られたシュート頂メリステム (Shoot Apical Meristem: SAM) と根端メリステム (Root Apical Meristem: RAM) のはたらきによって,胚発生後に形成されます.このことは,胚発生時に,成体のほとんどの器官や生殖細胞が形成される動物の発生とは,大きく異なる点です.さらに成長が進み,栄養生長期から生殖成長期にはいると,メリステムの性質が変わります(メリステムの転換).シュート頂メリステムは,花序メリステム(Inflorescence meristem: IM)となり,花メリステム (Flower meristem) を生産するようになり,花メリステムは,ガク片,花弁,雄ずい,雌ずい(心皮)のような花器官を分化します.そして,発生中の雄ずいや雌ずいの中で,やっと,花粉母細胞や胚嚢母細胞のような,生殖に関わる細胞が分化してきます.

 シュート頂や花・花序メリステムは,未分化細胞の集まりであり,ドーム状の構造をしています.これらのメリステムの頂端部には,幹細胞 (stem cell) があり,細胞分裂により,自分自身を自己複製するとともに,一部をメリステムの側生領域へ供給します.この細胞の細胞の運命が決定されることにより,SAMからは葉が,FMからは,花弁や雄ずい,雌ずいなどの花器官が分化します(メリステムから分化してくる器官を側生器官と総称します).

 多年生の植物では,SAMがある限り,発生分化が常に継続しています.また,木本の植物では,表皮近くの分裂組織から,メリステムが後天的に形成され,そこからまた,シュート(茎と葉)が分化してきます.このようにメリステムの機能に依存して,継続的に発生が進行するのも,植物の発生の特徴です.

 それでは,このようなメリステムは,植物の一生を通じて,どのようにその構造と機能が維持されているのでしょうか?また,メリステムの転換はいかなる遺伝子のはたらきによって起こるのでしょうか?さらに,メリステムの側生領域では,どのような遺伝子のはたらきによって,細胞の運命が決定され,葉や花器官などの側生器官が分化するのでしょうか?

 わたしたちは,このような問題意識のもとに,植物の発生を制御するメカニズムを明らかにすることを目的として研究を進めています.

 研究対象としているのは,単子葉植物のモデル生物であるイネ (Oryza sativa) です.イネは,遺伝学的解析に適していること,比較的形質転換が容易なこと,全ゲノム情報を始めとして分子生物学的研究のためのツールが整備されていることなど,モデル生物としての特質を備えています.2000年代半ば頃より,我が国ばかりでなく全世界の研究者が,イネを材料とした研究にも携わるようになり,その研究成果も急速に蓄積してきており,被子植物の発生や環境応答の理解に大きく貢献しています.私が理学部に着任した2004年頃には,「なぜ理学部でイネの研究を?」と言うような質問もされましたが,今ではほとんどそのような声も聞かれなくなり,イネはシロイヌナズナに次ぐ第2の被子植物のモデル生物としての地位を確固たるものにしています.

 私たちイネを対象として,次のようなテーマで研究をしています.

 (1) メリステムの維持や転換の制御機構

 (2) メリステムの機能と側生器官の発生分化

 (3) 花や花序の発生・形態形成の制御機構

 (4) 葉の組織分化と形態形成

 (5) 花や葉の発生進化

 メリステムの維持制御に関しては,FON1, FON2, FOS1, FCP1のような幹細胞増殖の負の制御遺伝子を次々と同定してきました (Suzaki et al., 2004, 2006, 2008, 2009; Ohmori et al. 2013).これらの研究の結果,シロイヌナズナのCLAVATA-WUSCHEL 経路のような制御系が イネにおいても保存されていることが示される一方で,SAMやFMなど,メリステムのタイプにより異なる制御系が機能していることも判明し,イネ独自の機構もあることが明らかとなってきました.最近では,メリステムの正の制御因子としてWOX4遺伝子がはたらいていることを明らかにしました (Ohmori et al. 2013).シロイヌナズナでは,WOX4は維管束幹細胞の維持に重要な働きをしているもののメリステムでの発現はしてませんので,WOX4が被子植物の過程でどのように各幹細胞を制御するように関わってきたのかを明らかにすることは,進化発生学的にも興味深い課題です.

 TOB1ASP1遺伝子が機能を失うと,花(小穂)や花序に多面的な異常を引き起こします .詳細な解析の結果,これらの異常は,メリステムの機能と密接な関係があることがわかってきました.TOB1は,小穂の側生器官のみで発現し,細胞非自律的にメリステムの活性を制御しているようです (Tanaka et al., 2012).ASP1は,シロイヌナズナのTOPLESS様の転写抑制因子をコードし,メリステムで発現して,メリステムの転換や維持に重要な働きをしています (Yoshida et al., 2012).

 花器官は,進化的には葉が変形してものであると考えられています.しかし,雄ずいのような筒と棒状の部分からなる器官はどのように形成されるのでしょうか?私たちは,向背軸(裏表軸)の決定が,雄ずいの葯や花糸の形成に非常に重要であることを明らかにしました(Toriba et al., 2010). また,小穂の護穎という器官が大きくなった変異体の解析から,G1遺伝子という新たなホメオティック遺伝子の単離に成功し,この遺伝子がイネの小穂の形態進化に関わっている可能性を示しました (Yoshida et al., 2009).

 イネの葉は非常に薄いにもかかわらず,直立しています.これは,中肋という葉の中央部に強い構造があるためです.私たちは,DL遺伝子が葉の原基で発現し,葉の中央部の厚み方向の細胞分裂を促進していることを明らかにするとともに,DLが葉の中央部で発現するために必要な制御領域を同定しました(Ohmori et al., 2008; Ohmori et al. 2011).さらに, DLタンパク質の機能を増強することにより,イネの葉をさらに強く直立させることにも成功しました.これを応用すると,効果的に日光を受光でき,単位面積あたり多くのイネを栽培することができるようになります.基礎的な発生・形態形成の研究は,このように応用研究とも密接につながっています.

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