2026年4月17日
DNAが膜を透過するメカニズム
――細菌がもつDNA輸送体ComECの立体構造の解明に成功――
発表のポイント
・細菌の並行進化に関わるDNA輸送体であるComECの立体構造を解明した。
・ComECがDNAに結合する様子を可視化し、そのDNA輸送メカニズムを明らかにした。
・ComECの発現・精製系およびその構造基盤が提供されたことにより、細菌の自然形質転換機構の理解のための大きな進展となった。
発表内容
細菌は、環境中に存在するDNAを取り込み、自らの遺伝情報を変化させる「形質転換」とよばれる仕組みをもっています。形質転換は、今からおよそ100年前にFrederick Griffithによって示された、DNAが遺伝物質であることの発見にもつながった分子遺伝学の歴史において重要な現象です。現在では、細菌における遺伝子の水平伝播を担う主要な経路の一つとしても注目されています。この過程では、細菌はDNAを、その遺伝情報を保ったまま脂質二重膜を越えて細胞内へ取り込まなければなりません。しかし、DNAは強い負電荷をもつ親水性高分子であり、疎水性の脂質二重膜をどのように通過するのかは、未解明な点が多く残されていました。特に、ComECとよばれる膜タンパク質がDNAを通す透過孔を形成すると考えられてきましたが、これまで精製タンパク質を用いた機能解析や構造解析は行われておらず、この仮説は直接的には検証されていませんでした。さらに、ComECはDNA切断活性をもつヌクレアーゼドメイン(注1)を備えていることが知られていました。形質転換では長いDNAを遺伝情報を保ったまま取り込む必要があるにもかかわらず、なぜこのような切断活性をもつのか、その意義も不明でした。
今回、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の平野央人特任助教、濡木理教授らは、世界で初めてComECの発現・精製系を確立しました。さらに、DNA非結合状態、一本鎖DNA結合状態、二本鎖DNA結合状態のComECについて、クライオ電子顕微鏡(注2)を用いた構造解析を行い、その全体構造とDNAとの結合様式を明らかにしました。得られた構造から、ComECの膜貫通部位には正電荷を帯びた透過孔が形成され、その孔に向かって一本鎖DNAが結合していることがわかりました(図1)。この結果は、ComECがDNAを膜の内側へ通す分子実体であることを強く示唆しています。さらにComECは、ヌクレアーゼドメインを含む2つの細胞外ドメイン(OBドメイン、BLLドメイン)を介して二本鎖DNAと結合し、その片方の鎖だけを切断することが明らかになりました(図2)。一方で、切断されなかったもう一方のDNA鎖は、ComEC内部へ進入し、透過孔へと導かれるのに適した位置にありました。これらの結果から、ComECは二本鎖DNAを受け取り、片方の鎖を切断しながら、もう片方の鎖を輸送するという、独特な仕組みをもつことが示唆されました。一本鎖DNAは、二本鎖DNAよりも膜を越えて輸送しやすく、また細胞内に取り込まれた後にはDNA組換えに利用されやすい形態です。今回の発見は、ComECがDNAを一本鎖へと処理しながら輸送することで、細菌が効率よく外来DNAを取り込む仕組みを持っている可能性を示したものです。また、形質転換は、病原細菌が薬剤耐性遺伝子などを獲得する仕組みにも関わることから、本研究は細菌の進化や感染症研究の理解にも貢献することが期待されます。
図1:一本鎖DNA結合状態のComECの立体構造
一本鎖DNA結合状態のComECの全体構造(左、中央)と、細胞外側から見た膜ドメインの構造(右)。クライオ電子顕微鏡により得られた密度マップを基に分子モデルを構築し、その構造を模式的に表している。ComECは複数回膜貫通ヘリックスからなる膜ドメインと、2つの細胞外ドメイン(OBドメイン, BLLドメイン)からなり、一本鎖DNAはOBドメインとBLLドメインの間に結合していた。一本鎖DNAの3′末端は膜ドメインに形成された透過孔に向かって近接しており、DNAの輸送が起こる直前の状態を捉えていると考えられる。また、保存性の高い重要残基His219とArg281が透過孔に近接しており、これらの残基が透過中のDNAと相互作用すると考えられる。
図2:二本鎖DNA結合状態のComECの立体構造と輸送メカニズム
ComECによるDNA輸送モデル(左)と、二本鎖DNA結合状態のComECの立体構造(右)。ComECは、OBドメインとBLLドメインからなる2つの細胞外ドメインを介して二本鎖DNAと結合し、その片方のDNA鎖はBLLドメインの活性部位に近接していた。このことから、BLLドメインの核酸切断活性により片方のDNA鎖を切断し、もう片方の鎖を輸送することが示唆された。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 生物科学専攻
平野 央人 特任助教
濡木 理 教授
論文情報
雑誌名: Science
題 名: Structural basis for DNA processing and membrane translocation by ComEC in natural transformation
著者名: Hisato Hirano, Naoko Tsuji, Shinobu Chiba, Osamu Nureki
研究助成
本研究は、科研費「細菌の形質転換に関わる核酸輸送体の分子メカニズムの解明(課題番号:21K15027)」、科研費「膜と核酸のクロストーク(課題番号:26H00007)」、科学技術振興機構CREST「細胞機能を担う超分子複合体の原子分解能ダイナミクス(課題番号:JPMJCR20E2)」、AMED「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」の一環とした「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」、AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))の支援により実施されました。
用語解説
(注1)ヌクレアーゼドメイン
核酸を切断する酵素活性を有する、タンパク質の構造におけるひとまとまりの部分単位。
(注2)クライオ電子顕微鏡
液体窒素(-196℃)冷却下でタンパク質などの分子に対して電子線を照射し、試料の観察を行うための装置。タンパク質や核酸の立体構造の決定に利用されている。