東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻

Department of Biological Sciences
Graduate School of Science
The University of Tokyo

内部情報 第1561回生物科学セミナー『ミジンコの環境依存型性決定の分子機構とその進化』

生物科学セミナー

第1561回生物科学セミナー『ミジンコの環境依存型性決定の分子機構とその進化』

日時: 2026年7月8日(水) 16:50-18:35
場所: 理学部2号館223号室及びZoom
演者: 宮川 一志 准教授(宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター)
演題: ミジンコの環境依存型性決定の分子機構とその進化
主催:
共催:
後援:

要旨

 様々な環境シグナルに応じて表現型を変化させる表現型可塑性は、生物が環境に適応するための極めて重要な能力であり、その制御機構の解明は生態・進化・発生生物学の主要なトピックである。節足動物甲殻類のミジンコも、この表現型可塑性を巧みに利用して繁栄を遂げている生物の一つである。ミジンコは好適環境下ではメスが交尾することなくメスを産む単為生殖により爆発的に増殖するが、環境が悪化するとオスを産生し有性生殖へと転換する。有性生殖で作られた卵は低温や乾燥に強い休眠卵となる。この環境に応じた仔虫の性の産み分け(環境依存型性決定)とそれに続く休眠は、生物の示す最もダイナミックな表現型可塑性の例の一つである。このオス産生の誘導(有性生殖の誘導)には、水温低下や餌の減少、日長の短縮(短日)など様々な環境シグナルが使われるが、特に短日は冬の訪れを感知し休眠するための季節シグナルとして重要である。私たちは、ミジンコがこの短日シグナルを、生物が持つ約24時間のリズムを作り出す分子機構である概日時計を用いて感知していることを明らかにした。ゲノム編集によって概日時計機構の中心であるperiod遺伝子の機能を破壊したミジンコは短日でもメスを産むようになった。また、短日を感知した個体では幼若ホルモン(JH)シグナルが活性化し卵巣内の卵母細胞の性をオスへと決定付けるが、その際にJH受容体がvrilleという遺伝子を直接転写活性化することが重要であることを明らかにした。さらに、ミジンコのvrilleの上流制御領域に存在するJH受容体が結合する配列をゲノム編集で欠損させるとオスを産みにくくなったことや、昆虫類のコクヌストモドキのvrilleにはこのJH受容体結合配列が存在せずJHに応じた発現上昇も見られないことも明らかとなった。これらの結果は、遺伝子の制御関係の変化によってJHシグナルに新たな上流・下流因子が組み込まれたことが、環境依存型性決定というミジンコに特有な現象の進化に重要であることを示唆する。

参考文献

Miyakawa et al. (2013) Nat Commun, 4:1856, doi:10.1038/ncomms2868.
Abe et al. (2024) Curr Biol, 34(9):2002-2010.e3, doi:10.1016/j.cub.2024.03.027.
Takahata et al. (2026) PNAS, 123(3):e2525480123, doi:10.1073/pnas.2525480123.
 

担当

東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・附属臨海実験所
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