東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻

Department of Biological Sciences
Graduate School of Science
The University of Tokyo

内部情報 第1549回生物科学セミナー『動物ゲノム進化におけるトランスポゾンの保存性と多様化』

生物科学セミナー

第1549回生物科学セミナー『動物ゲノム進化におけるトランスポゾンの保存性と多様化』

日時: 2025年12月1日(月) 16:50-17:35
場所: 理学部2号館201号室及びZoom
演者: 今 鉄男(University of Vienna)
演題: 動物ゲノム進化におけるトランスポゾンの保存性と多様化
主催:
共催:
後援:

要旨

近年の比較ゲノム解析の進展により、動物門を超えて特定の遺伝子群が同一染色体上に保存される祖先的連鎖遺伝子群(Ancestral Linkage Groups; ALGs)の存在が明らかになった。これは、数億年以上にわたり染色体構造が維持されてきたことを示す。一方、ゲノム内で転移・増幅するトランスポゾン(Transposable Elements; TEs)は、ゲノムの再編成やサイズ増大を引き起こす。しかし、これらの一見相反する現象である染色体構造の保存とTEによるゲノムの動的変化の関係性は、これまで十分に理解されていなかった。そこで本研究では、TEの活動がもたらすゲノム進化を理解するため、刺胞動物ヒドラ(Hydra vulgaris)をモデルとして解析を行った。ヒドラは、左右相称動物の姉妹群に位置し、高い再生能力と不老性を示す。外胚葉性・内胚葉性・間幹細胞の三系統の幹細胞が、体の全細胞を供給する。無性生殖を行うため、幹細胞系列ごとに蓄積されたゲノム変異が同一個体内に長期間保持される。また、TEの増幅により他の刺胞動物に比べて大型のゲノムを持つ。まず、異なる遺伝的背景をもつ二系統のF1雑種個体を対象に、Hi-Cとロングリード解析を用いて両ハプロタイプの全染色体を解読した。ハプロタイプ間の比較解析により、hAT-Charlie、TcMar-Tc1、CMC-Transibなど主にDNA型TEからなる14種類のTEファミリーがゲノムサイズ増大に関与することが明らかになった。これらのTEをActive TEs(A-TEs)として定義し、幹細胞系列ごとにロングリードシーケンシングを行いゲノムへの挿入分布を比較した。その結果、幹細胞系列特異的なA-TEsの挿入が検出され、間幹細胞系列では細胞増殖関連遺伝子、外胚葉性・内胚葉性幹細胞系列では物質輸送関連遺伝子の周辺に集中する傾向がみられた。さらにRNA-seq解析から、A-TEsの幹細胞における発現が確認された。これらの結果から、A-TEsが幹細胞系列特異的な遺伝子制御やゲノム進化に関与する可能性が示唆された。A-TEsの進化的保存性を検証するため、参照ゲノム配列中のTE配列を高感度に検出する解析手法を構築し、82種の真核生物のゲノム配列を横断的に解析した。その結果、動物を含む広範な生物種で共通して保持される基盤的TE群を同定し、A-TEsの多くがこの群に含まれていた。Hi-C解析ではA-TEsが高密度に存在する領域間に強い相互作用がみられ、染色体構造形成への関与が示唆された。本研究により、TEがゲノムの動的変化を駆動するとともに、染色体の構成要素として機能してきた可能性が示唆された。

参考文献

・Kon-Nanjo K#, Kon#*,et al.The dynamic genomes of Hydra and the anciently active repeat complement of animal chromosomes. Genome Biology.26:186:2025.
・今 鉄男『海外留学で挑む比較ゲノミクスの最前線』実験医学 2025年6月号 羊土社

担当

東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・ゲノム人類学研究室
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