第1491回生物科学セミナー

黎明期研究に学ぶオルガノイドの活用法

佐々木 伸雄 教授(群馬大学生体調節研究所)

2024年10月09日(水)    16:50-18:35  理学部2号館223号室及びZoom   

 腸管上皮は,3~4日ごとに再生を繰り返すダイナミックな挙動を示すなど,体内で増殖能が最も高い組織として知られており,幹細胞研究者を魅了するモデルの1つである.幹細胞ヒエラルキーを反映するように,全ての腸管上皮細胞は,陰窩底部に局在する腸管幹細胞により産出され,腸管上皮組織の恒常性を維持している.これまでの研究成果により,腸管幹細胞の自己複製能や多分化能は,Wntシグナル,Notchシグナル,BMPシグナルを介した分子メカニズム(ニッチ)によって複雑に制御されていることが明らかになってきた.この腸管幹細胞ニッチによる制御機構の理解が,マトリジェルを用いた腸管上皮細胞の長期間3次元培養法(オルガノイド)の開発につながった.
 近年のオルガノイド培養法は目覚ましく進展しており,胚性幹(ES)細胞/人工多能性幹 (iPS) 細胞や組織幹細胞が持つ自己組織化の性質を上手にコントロール(培地条件の適正化)することで,それぞれの臓器特異的な機能性細胞を誘導するだけではなく,生体内と同じ立体的配置を創ることも可能であるため,胃,肺,腸,脳など臓器ごとの生理機能を反映することが出来る.それゆえ3次元オルガノイド培養は,ヒトにおける臓器発生学や様々なヒト疾患を “dish上” で理解する技術として大変注目を集めている.特に,患者検体から直接作製したオルガノイドは,その病態の原因となる遺伝子の突然変異情報を維持したまま培養することが可能であるため,それらの遺伝子経路の異常に依存した表現型をdish上で再現できる.したがって患者から直接作製したオルガノイドは,患者ごとに観察される薬剤効果の有無の判定に使用することができ,“個別化医療”を推進する上でも大変有益なツールになる.さらにオルガノイドは,新規遺伝子改変技術CRISPR/Cas9を用いた遺伝子治療を組合せることで,再生医療分野においても新たな道を開いた.
 本講義では,私がオランダ留学時代に実施したオルガノイドのPoC研究を紹介することで,オルガノイド培養法の歴史や最新の応用例について総論する.

参考文献
1.Schwank, Sasaki, et al. Cell Stem Cell,2013, 13(6):653-658
2.Sasaki, et al. Proc Natl Acad Sci USA, 2016, 113(37):E5399-5407
3.Drost, Sasaki, et al. Science, 2017, 358(6369):234-238
4.Sasaki, et al. Nature, 2018, 556(7702):457-462
5.Sasaki*, et al. Gastroentelogy,2020, 159(1):388-390

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・脳機能学研究室