ごあいさつ
令和8年4月
生物科学専攻長林 悠
私たちの専攻では、生命現象の本質を理解するために、原子・分子レベルのミクロの世界から地球規模の生態系に至るまで、そしてタンパク質のナノ秒単位の動態から、数十万年という進化の歴史を刻んだ化石に至るまで、あらゆる時空間スケールの研究を展開しています。研究対象もまた実に多様です。シロイヌナズナやショウジョウバエといったモデル生物はもちろん、深海や極地に生きる生物、さらには絶滅人類まで、多様な生命のありようを見つめ、その背後に潜む「自然界の普遍的真理」の解明を目指しています。
たとえば私自身は、「なぜ動物は眠るのか」「なぜ夢を見るのか」といった、身近でありながら、科学的にはいまだ十分に解明されていない謎に取り組んでいます。睡眠はほぼ全ての動物に共通し、生命活動の根幹に関わる重要な現象であるにもかかわらず、この分野からはまだノーベル賞も生まれておらず、それだけ未開拓な研究領域だと言えます。私たちは、マウスや線虫といったモデル生物に加え、熱帯魚や神経系を持たない単純な動物など、多様な生物種を対象とし、それぞれに固有の特性を手がかりに、睡眠という普遍的現象の根底にある原理へと迫ろうとしています。
生物や生命を冠する部局や専攻は多くあり、医学、薬学、農学など、生命科学研究は様々な場で展開されています。その中で、本専攻の最大の特徴は「理学」としての純粋な探究心にあります。目の前の生き物の不思議を解き明かすこと、その純粋な喜びこそが私たちの研究の原動力です。未知の現象に直面したとき、先入観を捨てて、自然から謙虚に学ぶ姿勢を大切にし、徹底した論理的思考と独創性をもって生命の複雑な営みを紐解いていく――。この「自然と真摯に向き合う精神」こそが、本専攻が長年育んできた伝統です。
生命科学を取り巻く技術や社会情勢は急速に変化していますが、知的好奇心に根ざした基礎研究の重要性が揺らぐことはありません。次世代を担う若い皆さんが、この豊かな研究環境の中で生命の神秘に挑み、世界を驚かせるような新しい知見を切り拓いていくことを、心より期待しています。