生物情報科学科とは
生命科学はいま、その歴史上もっとも華々しい時代を迎えつつあります。生物情報科学とは、その最先端を切り開く新しい学問領域です。その特徴は、個別の遺伝子やタンパク質を解析するだけでなく、生命システムを生命科学と情報科学の両面から解き明かす点にあります。
30億文字のDNA配列からなるヒトゲノム情報(全遺伝子情報)は、いまや、わずかな時間・費用で解読できるようになりました。また、オーミクス解析と呼ばれる、生命現象に関わるデータ全体を計測する技術も、驚くべき発展を続けています。これらの技術革新により、「生命とは何か」という問いに対し、生命現象の全体を俯瞰する新しい視点から迫ることが可能になりました。そして、病気のメカニズムを解明し、生命の進化の歴史をひもといていく上で、膨大な生命科学データを情報科学的に解析していくことが不可欠になりました。
生物情報科学科は、このような背景のもと、既存の学問分野をまたぐ幅広い視点を持ち、生命科学と情報科学の双方の専門性を備えた人材を育成するために、東京大学理学部におよそ30年ぶりに新設された学科です。
「バイオインフォマティクス」と「システム生物学」
生物情報科学を代表するキーワードに、上で触れたゲノムとオーミクスのほか、バイオインフォマティクスとシステム生物学があります。これら2つのキーワードは互いに重なり合っていますが、おおまかにいうとバイオインフォマティクスは生命を「情報」として捉え、生命科学の膨大なデータを解析するための情報科学的手法を開発し、生命現象の背後にひそむ法則性や規則性を見つけ出す研究分野です。また、システム生物学は生命を「システム」として捉え、遺伝子やタンパク質など個別の要素である"部分"と生命現象のダイナミックな振る舞いである"全体"との関係を数理モデルなどを使って明らかにする研究分野です。いずれの分野も、いわば、生命科学を物理学や工学のような視点から理論的に捉えることが共通した特徴です。
生物情報科学科では、実験(ウェット)と情報(ドライ)の両方のアプローチを学び、生命をシステムとして理解するための研究に取り組みます。生物情報科学とは、生命科学と情報科学を単に足し合わせたものではなく、どちらの基礎にも立脚しつつ新しい視点から生命現象を理解することを目指す学問なのです。
生物情報科学科の教員や研究室については教員・研究室一覧を、進学を希望される方は進学選択と卒業後の進路をご覧ください。
新学科設立の経緯(生物情報科学誕生のインパクト)
私たちの最初の取り組みは、平成13年度から始まりました。当初は学科という形ではなく、文部科学省振興調整費・新興分野人材養成「生物情報科学学部教育特別プログラム」により、主に理学部他学科の学生が本来所属する学科の講義に加えて生物情報科学分野の講義を受講する、という形で開始しました。既存の講義のない6限目や夏休み等に開講しましたが、工学部、農学部、薬学部学生や大学院生、更には社会人までさまざまな人が受講し、いざ始まってみると平均40名近い受講者があり予想以上の大盛況となりました。平日の夜や夏休みに行う非常に厳しいカリキュラムであったにも関わらず、約70名の修了者が輩出されました。
この数は通常の学科に相当するものであり、生物情報科学という学問が極めて魅了的で、しかもその需要が大きいことを明確に示していました。
上記のプログラムは平成16年度に終了しましたが、学生からの人気の高さが後押しして「生物情報科学学部教育プログラム」に引き継がれ、本学の独力で新規の学科として生物情報科学科が設立されることになりました。学科の設立は平成19年、進学振り分け後に新3年生(第1期生)が初めて配属されたのは平成21年のことです。新しい大学院専攻とは異なり、学部における新学科設立はその学問分野が新しく発展する場合のみに限られています。本格的な生物情報科学分野の学科設立は国立大学では国内初で、欧米でさえまだほとんどありません。従来の日本の大学は欧米の動きを追随することが多かったのですが、この生物情報科学科の設置は世界に先駆けたものであり、東京大学が世界をリードしていく意気込みの現れのひとつと言えるでしょう。
カリキュラムと教育体制
生物情報科学科への進学が内定すると、まず2年Aセメスター専門科目として、駒場キャンパスで生物情報科学科専門科目を学修します。そして3年生になると本郷キャンパスへと移り、理学部の多くの学科と同様に、午前中に講義を受講し、午後は実験・実習に取り組みます。 講義では、生物学・情報科学を基礎から扱うとともに、生物情報科学分野の幅広い内容を取り上げます。実験・実習では、分子生物学実験とコンピュータプログラミングの双方を取り入れたカリキュラムを組み、既存の学問分野をまたぐ実践力の養成を重視しています。特にコンピュータプログラミングについては生物情報科学科独自の必修科目(生物情報実験法)を増やしたことで、よりきめ細やかな対応ができるようになりました。なお、2年生Aセメスターの情報科学基礎実験は情報科学科と、3年生の生命科学基礎実験・生物化学実験は生物化学科とそれぞれ合同で行います。 そうして身につけた生物学と情報科学の双方の知識を実際の研究と結びつけつつ活用できる力を養うことを目的として、4年生になると各研究室に配属されて卒業研究を行い、卒業論文を執筆することになります。
生物情報科学は日進月歩の領域であることから、従来のような1専攻の教員のみでの運営では柔軟さに欠け教育のポテンシャルを最大限引き出すことができません。そこで、生物情報科学科は、理学系研究科生物科学専攻、新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻・先端生命科学専攻、情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻の複数の専攻にまたがる教員により運営されています。また、生物情報科学科の教員のもとで大学院における研究を継続して行う場合には、個々人のニーズに合わせて、適した専攻(大学院)を受験することができます。このように複数の専攻の教員からなる教育組織は、私たちの新しい教育体制の試みのひとつになっています。
メッセージ
最後に私たち教員からのメッセージを。生物情報科学は日進月歩であるだけでなく勃興してから日が浅いため人材が圧倒的に不足しています。つまり、皆さんにはこの分野の中心を担う人材となれる空前のチャンスが目の前に広がっていると言ってよいでしょう。生物情報科学科への進学を志す皆さんが勇気と情熱を持ってこの分野を開拓して、近い将来に国際的なリーダーとなっていくことを私たちは本当に期待しています。
生物情報科学科の紹介資料
東大理学部の今がわかるウェブマガジン「リガクル」
- 杉村薫 准教授「物理と統計の目で生命を理解する」
- 角田達彦 教授「異色の生命医科学研究者が生み出した、遺伝子データの画期的な解析手法」
- リガクル04:生物情報科学科「わたしたちの想像を超える未来が待っている。」(PDF)
- リガクル04:高木研究室「情報エンジニアリングが拓く、新しい生物学。」(PDF)
- リガクル04:程研究室「生命のナゾ解きは、DNAのその先へ」(PDF)
- リガクル03:生物情報科学科「新しい科学分野が興隆する数十年に一度あるかないかのチャンスが君たちの前にひろがっている。」
- リガクル03:黒田研究室「生命「システム」の謎に挑む。」
- リガクル03:有田正規 准教授「生物を計算し尽くす孤高のプログラマー。」
- リガクル03:リガクの情熱「DNAはどうやって絡まらずに折り畳まれているんだろう?」
- リガクル02:生物情報科学科「実験科学と情報科学で生命システムを理解する」
- リガクル02:黒田真也 教授「時間波形が握る運命 ラジオにも似たシグナル伝達メカニズム」
- リガクル02:伊藤隆司 教授「生命の情報解析 たんぱく質の相互作用ネットワークを解明」
東京大学大学院理学系研究科・理学部YouTubeチャンネル
- 生物科学専攻紹介ビデオ(2020年)
- 生物科学専攻紹介ビデオ(2015年)
- 生物情報科学科ガイダンス(2007年)
- 東京大学理学部オープンキャンパス2022 講演「システムの視点から生命現象をとらえる」 豊島有 准教授(2022年)
- 高校生のための冬休み講座2022 Online 「ウイルスに打ち勝つパワー〜自然免疫におけるmicroRNAのはたらき〜」 浅野吉政 助教(2022年)
- 程久美子 准教授「生物の高次機能の鍵 non-coding RNAのメカニズムを探る」(2011年)
- 黒田真也 教授「信号の変動パターンが決める細胞・遺伝子のふるまい」(2010年)