種子田春彦の研究内容
● はじめに
陸上植物は、光合成の材料である二酸化炭素を大気から吸収するときに、同時に体内から水を蒸散します。蒸散で植物から失われる水はとても多く、1g の炭水化物を合成するために数百gもの水が必要になります。

植物の使う水は、土壌から根で吸収され、植物体内を通って蒸散している葉へと運ばれます。土壌への水は降雨などによってもたらされますが、安定して供給されるとは限りません。さらに、植物体内の根から葉までの移動経路にあたる組織は、必ずしも水をよく通すわけではありません。このため、乾燥地はもちろん日本のように湿潤な気候に生える植物でも、個体内の水の移動効率や利用の仕方が植物の成長やかたちを制限する重要な要因になります。

私たちは植物体内の水の移動の様子や水の使われ方を詳しく調べていくことで、植物のかたちや適応戦略の進化を明らかにしています。こうした研究を通して、陸上環境における植物の適応放散の一端を明らかにするとともに、地球の環境変動に対する植物の応答の予測に役立つ情報を提供したいと思っています。

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これまでの主なフィールドサイト 左から、ソルトレークシティー(アメリカ・ユタ州,砂漠気候)、ジャレジャレ・ヒマール(ネパール,高山帯)、縞枯山(長野県茅野市,亜高山帯)
文献: 種子田ら(2016)日本生態学会誌 66:447-464

● 効率的な水輸送を可能にする通水組織のかたち
植物体の中を水が通るときには、その長い輸送距離のほとんどを道管や仮道管という細胞を流れていきます。道管や仮道管は内部が中空の死んだ細胞からなり、維管束組織の木部(材)にあります。ひとつの仮道管の細胞は、直径が約10~20 mm、長さが0.5~2 mmほどの細長い筒状の構造を持っています。側面には壁孔という小さな孔がありここを通して、水が隣り合った仮道管へと流れていきます。道管は仮道管よりも大きな直径を持ち、個々の細胞の両端には穿孔と呼ばれる孔があります。この穿孔で複数の細胞が軸方向に数 cmから数十cmもつながり、長いパイプ状の構造をとります。道管のパイプの端の部分では隣り合う道管と接していて、ここでは壁孔を通して水が流れていきます。壁孔の中には壁孔膜と呼ばれる細胞壁の構造があって、水は細胞壁のセルローズ微繊維の細かい隙間を通って流れなければなりません。こうした直径や長さで示される道管や仮道管のかたちや壁孔の微細構造は、植物体内の長い距離を水が効率よくかつ安定して移動できるように進化してきたはずです。

私たちは、生活史戦略の異なる植物種間のおける道管や仮道管のかたちや水輸送機能の違いがどのように環境適応にかかわるのかに興味を持って研究を行っています。

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仮道管と道管のかたちと水の流れ方
文献: Ooeda H et al. (2018) Tree Physiol 38:223-231; Yazaki K et al. (2020) Amer J Bot (印刷中)

● 根、茎、葉のバランスへの水輸送機能による制限
土壌から吸収された水は、根、茎、葉の組織を通って大気へと蒸散していきます。根、茎、葉では水の流れやすさがそれぞれで異なるので、効率的に水を流すために3つの器官のバランスが重要になります。それぞれの器官は水輸送以外にも重要な機能を担っています。根では無機塩の吸収であったり、茎では葉を力学的に支えることであったりします。最終的にきまる“根・茎・葉のバランス”は一つなので、根や茎が担う複数の機能のうちどれか一つが優先されて個体のかたちが決まってくるはずです。その制限する機能は生育する環境によっても変わります。

私たちは、根、茎、葉の間のバイオマスの分配パターンに注目して、植物のデザインを決める機能や環境要因について考えています。これまでの私たちの研究から茎では水輸送機能よりも力学的な支持機能が重要であり、根では水と窒素の両方の資源の吸収が最適なるようにバランスが決まると予測されています。

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成長を最適にする物質分配
文献: 種子田、舘野(2003)生物科学 54:154-163; Taneda H & Tateno M (2004) Amer J Bot 91:1949-1959

● 隅々にまで偏りなく水を供給する植物の輸送システム
樹木は、たくさんの葉をつける大きな樹冠をもっています。どの葉でも無駄なく十分な光合成が行われるためには、その葉の一つ一つに十分な量の水を送る必要があります。

植物体内における水の移動は、電気回路における「オームの法則」と同じルールに従います。そこで、この法則をあてはめて単純に考えると、水の移動距離が長かったり、多くの分枝があったりすると樹冠の先端にある葉ほど水が供給されにくくなることが予想されます。

こうした問題は、ほかの組織にも適用できます。例えば、葉では複雑に分枝した葉脈を通って葉の隅々にまで水が供給されなければなりません。そして、この「輸送距離や分枝による効果」を克服しない限り、葉の周縁部へ水が届かなくなってしまいますし、樹冠では水供給の制約により自由に枝や葉を伸ばすことはできなくなるはずです。

私たちは、植物体内や組織内の水の流れやすさの分布を詳しく調べて、葉身や樹冠の隅々にまで水が供給される仕組みを研究しています。

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植物体内の均等な流れを調べる クズを用いた長距離輸送の研究の様子と輸送途中での水漏れを防ぐ葉脈の形態
文献: Taneda H & Tateno M (2007)Funct Ecol 21:226-234; Taneda H & Tateno M (2011)Tree Physiol 31:782-794; Taneda et al.(2016) Tree Physiol 36:1272-1282; Ohtsuka et al. (2017)Plant, Cell & Envirn 41:342-353

● クチクラや外表ワックスによる水分損失速度や撥水性への効果
植物の葉や花弁といった一次組織の表面は、疎水性の高いクチクラや外表ワックスの結晶で覆われています。こうした構造は、植物体内からの水の損失を防ぐことや、表面への水滴の付着や外部から組織の内部に水が浸入することを防ぐ役割があるとされています。

亜高山帯に分布する針葉樹では、冬の間、土壌や茎の凍結のために針葉への水の供給が止まります。健全な水分状態を保って冬を越すためには、針葉からの水の損失を小さく抑える必要があります。私たちは、針葉のクチクラや外表ワックスの結晶などの表面構造と水損失速度との関係を定量化しています。こうした解析から、越冬のために必要なクチクラやワックスの量や組成の解明を目指しています。

また、花弁を使って、花弁表面の撥水性と表皮細胞やクチクラのかたちの関係についても研究を行っています。花弁の表面構造はとても多様です。こうした多様な微細構造による撥水性への寄与や、この微細構造が生育環境によって変わるのかなど物理学的、生態学的な視点から解析を行っています。

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針葉(シラビソ)のクチクラと花弁のクチクラ
文献: Taneda H et al. (2015) Ann Bot 115:923-937; Watanabe-Taneda A & Taneda H (2019) Flora 257:151417

こちらのサイトで本郷キャンパスで採取した花弁の形態をまとめました。ご参照ください。

● 葉のサイズに合わせた葉脈の輸送システムの発生機構
植物の葉は、異なる種の間でも同じ個体の中でも大小様々なサイズになります。葉の面積が大きくなるほど蒸散で失う水の量も増えるので、葉は面積に合わせた輸送システムを作る必要があります。これまでの私たちの研究から、タバコの葉では葉面積と主脈や側脈の木部面積が正比例の関係にあることが明らかになっています。こうした葉面積と葉脈のバランスは、葉の発生中に作られるはずです。そこで、私たちはどのような発生パターンによって葉の面積に合わせた水輸送システムが作られていくのか、また葉面積の情報を葉脈がどのように把握しているのかという、発生学と生理学の観点から研究を行っています。

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タバコにおける葉のサイズと木部の形態の関係
文献: Taneda H & Terashima I (2012) Ann Bot 110:35-45

● 木部閉塞による重度な通水阻害を回避する植物の適応戦略
植物体内では、引っ張り上げる方向の力(木部張力)によって水が移動します。このため、道管や仮道管内の水に気泡が入ると木部張力によって膨らんで空気で満たされてしまいます(空洞化現象, xylem cavitation)。空洞化した道管や仮道管では木部張力が伝わらず、水の移動も止まってしまいます。これを木部閉塞(xylem embolism)と呼びます。茎にある道管や仮道管の多くで木部閉塞が起きると、葉へ十分な量の水を供給できずに光合成の低下や枝、さらには個体の枯死につながります。気泡の発生は、強い乾燥ストレスがかかったときや木部液が凍結したときに起きます。

私たちは木部閉塞に対する植物の生存戦略に興味を持ち、砂漠などの乾燥環境や冷温帯や亜高山帯といった寒冷環境への適応と木部閉塞への植物の応答についての研究を行ってきました。その結果、木部閉塞を起こしやすい茎の部分を冬に枯らすことで木部閉塞を回避したり、木部閉塞が起きにくい高い抵抗性を持つ種だけが寒冷地に分布していたり、木部閉塞の起きた道管や仮道管に水を再充填して通水能力を回復させたりといった、多様な生存戦略を明らかにしています。

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木部閉塞現象とその解析方法 左から、cryo-SEM法による木部水分布の可視化、MRI法による非破壊的な木部水分布の可視化、単一道管レベルでの還流法、枝の採取風景
文献: Taneda H & Tateno M (2005) Tree Physiol 25:299-306; Li Y et al. (2008) New Phytol 117:558-568; Taneda H & Sperry JS (2008) Tree Physiol 28:1641-1651; Sperry et al. (2012) Plant Cell & Envirn 35:601-610

● 縞枯れ現象が起きる原因の解明
モミ属の常緑針葉樹が優占する亜高山帯の森林では、しばしば等高線に沿って枯死木が観察されます。この枯死帯は山腹に縞模様の景観を作ることから「縞枯れ」と呼ばれています。長野県南部にそびえる縞枯山の南西斜面では、その名の通りはっきりとした「縞枯れ」が起こります。縞枯れの枯死帯は平均して年に約2 mの速度で標高の高い場所へ向かって移動することが知られています。しかし、このような頻度で個体が枯死していくメカニズムはよく分かっていません。

これまでの私たちの研究から、冬の強風によって針葉や枝が枯死することが、生産性を低下させて個体の衰退するきっかけを作っていることがわかってきました。現在は、樹液流速の測定や年輪解析を通して、どのような速度で個体が衰退するのかを定量的に明らかにする予定です。また、衰退している個体がどのようなストレスを受けているのかを発現している遺伝子を調べて解析しています。

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北八ヶ岳の縞枯れ現象と解析方法
文献: 種子田 (2018) 遺伝 72:57-62; Ogasa et al.(2019) Tree Physiol 39:1725-1735

● トドマツによる高標高への局所適応
植物の生育環境は標高や緯度によって大きく変化します。気温の低下に代表されるように標高が高くなると環境が大きく変化します。このため、そこに生育する植物はそれぞれの標高の環境に適応する必要があります。このため、標高によって植生が異なるのはこのためです。一方で、広い標高に分布する植物種もあり、同じ種でも生育標高によって生理的な性質やかたちが変わえて、局所適に異なる環境へ適応します。

北海道に生息するトドマツ(マツ科モミ属)は、広い標高域(200 m-1600 m)に分布しており、生息する標高環境に局所適応したエコタイプが確認されています。私たちは、東京大学農学部付属北海道演習林の天然林や共通圃場での植栽を用いて、局所適応している形態やゲノムワイドな相関解析 (GWAS) から複数の形質で産地標高と関連する遺伝子座の検出を試みています。こうした解析を突き詰めることで、局所適応のメカニズムの解明を目指しています。

演習林と測定した形質例
北海道演習林と測定した形質の例
文献: Taneda et al. (2020) Trees 34:507-520