3.局所麻酔薬や抗精神病薬によるグルコーストランスポーターの阻害機構



 酵母では局所麻酔薬群とフェノチアジン群などの陽イオン性両親媒性化合物群は、グルコースの取込を阻害し増殖を抑制することがわかりました。この増殖抑制は高濃度グルコースの添加で緩和されるので、グルコース飢餓は化合物共通の作用として非常に重要です。つまり薬剤による作用は一見複雑に見えますが、主因であるグルコース飢餓に伴う作用と考えられます(図1)。実際に分子遺伝学的解析からはヘキソース(グルコース)輸送体(Hxt)がこれら化合物共通の標的の一つであると結論しました。Hxtは外向き/内向き構造に変化することでグルコースを細胞内に取り込み、通常は外界のグルコースを捉えるため外向き構造で存在していると考えられます。低濃度の陽イオン性薬剤の非特異的膜作用はその外向き構造の変化を内側で妨げることでグルコース取り込みを阻害し(図2)、さらに高濃度になると膜自体を破壊してしまうと考えられます(図3) 8









 しかし非特異的膜作用は多数の膜標的に作用するはずなのに、なぜ特異的なグルコース飢餓を誘導するのでしょうか?これは機能重複するHxtが多くの遺伝子にコードされ(出芽酵母では18遺伝子)、細胞膜に大量に存在することが原因と考えられます。つまり陽イオン性両親媒性化合物の非特異的膜作用は、膜に豊富なHxtの機能を優先的に阻害するためグルコース飢餓という特異的作用が現れるわけです。そのため強制的にHxt量を減少させると薬剤による増殖抑制が高濃度グルコースで緩和されなくなりますが、これはHxtの優先性が失われ、他の標的にも作用し多面的表現形になったためと考えられます(図4)。従って豊富なHxtを薬剤の共通標的とすると、脂質説に沿って非特異的膜作用による特異的作用が説明できます7, 8







 陽イオン性両親媒性薬剤によるグルコース飢餓というのは、細胞外に充分にグルコースがあるにも関わらず取り込めないわけですから糖尿病と似た状況になるはずです。実際、麻酔薬や抗精神病薬の多くは構造の違いに関わらず臨床でも高血糖を誘発することが知られているので、ヒトでも細胞レベルでは酵母と同様にGlut(Hxt)に作用しグルコース飢餓を引き起こしている可能性が考えられます。これまでの研究から詳細な構造がさほど重要でないとすると、多くの化合物に糖尿病状態を引き起こす可能性があります。また脳に豊富なGlutの優先的な阻害で生じた神経細胞の機能低下は麻酔や精神安定作用に関与しているのかもしれません。他方、これらの薬剤は臨床濃度でも様々な副作用を引き起こし、その原因の一つに細胞死の関与が考えられています。酵母でも低濃度の麻酔薬は膜破壊せずに生存率を低下させますが、高濃度グルコースの投与で防げるので類似機構なら副作用の緩和法として有効かもしれません。薬剤による生存率低下の機構が解明できれば、さらに有効な副作用の緩和法や安全な薬剤設計にも役立つと考えています。


参考文献
7) Curr. Genet. 61: 43-53 (2015)
8) Genetics. 202: 997-1012 (2016)