2.環境ストレス類似作用を示す薬剤の構造と作用機構



 麻酔薬の作用機構が未だに解明されない原因は、様々な構造の化合物がなぜ同じような麻酔作用を示すかという問題が解決できないからです。このため “様々な麻酔薬の作用強度はその脂溶性に比例する”というMeyer-Overton則(1899-)に基づき、麻酔薬は脂溶性部位として細胞膜脂質に非特異的に作用するという脂質説が提示されました。しかし非特異的膜作用では多くの膜標的に作用することになるため特異的な麻酔作用を説明できませんでした。そのためMeyer-Overton則の矛盾などを基に麻酔薬は標的タンパク質内の一定容積のポケットに入り込むというタンパク質説が提示されましたが、麻酔薬の標的候補は増加し作用方向も定まらないので作用機構は混迷しています。また精神病治療に初めて使われたフェノチアジン系抗精神病薬(1951)の標的候補も増加し作用機構は混乱していています。他方、陽イオン性界面活性剤には強力な抗菌作用があり、高濃度の作用では界面活性能による細胞膜破壊が原因ですが、膜破壊しない低濃度での作用機構はよくわかっていません。

 局所麻酔薬群やフェノチアジン群は出芽酵母で高浸透圧やグルコース飢餓などの環境ストレスとよく似た作用を誘導します(図1)3,4。両化合物群は構造が異なるように見えますが、実は同じ分子内に陽イオン性親水部と疎水部を持つ両親媒性化合物です。単純直鎖の陽イオン性界面活性剤群(QAC)も類似作用を示すので、酵母での作用には細かな化学構造よりも陽イオン性両親媒性構造が大事です(図3)。従ってこれらは両親媒性構造に基づく界面活性能により高濃度では同じ両親媒性構造の脂質膜を破壊します4-6。これは両親媒性化合物共通の毒性原因と考えられますが、膜を破壊しない低濃度での可逆的作用こそが薬剤作用には重要です。酵母アクチンの脱極性化を指標にすると上記化合物群の濃度反応曲線が容易に作成でき低濃度での作用強度が決定できますが、それらは脂溶性に比例しMeyer-Overton則が成立することがわかりました。この結果は極めて重要で、脂質説の要因は動物特有の受容体やチャネルではなく出芽酵母にも存在することを示します6。実際、陽イオン性両親媒性化合物のうちフェノチアジン群は膜系全般への局在が視認できるので8、ストレス類似作用を示す陽イオン性化合物は膜脂質(陰性に帯電した内膜側)に非特異的に作用し、高浸透圧やグルコース飢餓ストレスに似た反応を誘導すると考えられます5












参考文献
3) Genes Genet. Syst. 80: 325-343 (2005)
4) Biosci. Biotechnol. Biochem. 72: 2884-2894 (2008)
5) Commun. Integr. Biol. 2: 275-278 (2009)
6) Yeast 28: 391-404 (2011)