博士論文題目

Generation and Modulation Mechanisms of Pacemaker Activity in the GnRH Neurons
(GnRHニューロンにおけるペースメーカー活動の生成・修飾メカニズム)

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氏 名 阿部 秀樹

脊椎動物の中枢神経系には、従来ペプチドホルモンとして発見されたゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)を産生する複数のGnRH神経系が存在するが、その一つに属する終神経GnRH神経系はホルモン作用は持たずに何らかの神経修飾作用を持つと考えられている。また、その神経修飾作用には、それらが示す規則的自発発火(ペースメーカー活動)の頻度やパターンが重要であり、この活動がホルモン・神経伝達物質等により修飾されることで環境の変化が行動の長期的変化等を引き起こすと考えられている。この終神経GnRH細胞のペースメーカー活動脱分極相の主要な成因は、テトロドトキシン(TTX)耐性持続性Na電流であることが既に明らかになっているが、再分極相に関わる電流やペースメーカー活動の調節機構等についてはまだ一切明らかになっていない。そこで本研究では、熱帯魚ドワーフグーラミーのin vitro脳標本を用いて終神経GnRH細胞のペースメーカー活動の生成機構とその修飾機構を明らかにすることを目的とした。

第一部 ペースメーカー電位再分極相に関与するK電流の解析

まず、ペースメーカー電位再分極相の生成に関わる電位依存性K電流を調べた。薬理学的特性や電位依存性により、4つの電位依存性K電流(テトラエチルアンモニウム(TEA)感受性持続性電流、4-アミノピリジン(4-AP)感受性一過性電流、二種類のTEA・4-AP耐性持続性電流)を分離・同定した。これらK電流の活性化と定常状態での不活性化の電位依存性を比較検討すると、TEA感受性持続性電流が終神経GnRH細胞の生理的な静止膜電位である-30〜-60mVの範囲で完全には不活性化せずに電流を流しうることがわかった。次に細胞内電位記録を行い、細胞外にTTXとTEAを加えるとペースメーカー活動が抑えられることが明らかになった。以上よりTEA感受性持続性K電流が終神経GnRH細胞のペースメーカー電位再分極相の形成に最も寄与する電流成分であることが示唆された。


図1: TEA感受性持続性K電流
A:保持電位を-100mVにしてテスト電位を+50mVまでステップ状に変化させたときに見られる電流応答。B:TEA感受性K電流の活性化・不活性化曲線。■、●はそれぞれ保持電位を-100mV、-60mVにして+50mVまでテスト電位をステップ状に変化させたときの活性化の割合を示し、□は保持電位を-120〜+50mVにして+50mVのテスト電位を与えたときの不活性化の割合を示す。TEA感受性持続性電流は-40mV付近から活性化し、終神経GnRH細胞における生理的静止膜電位の範囲(-30〜-60mV)では完全には不活性化していないことがわかる。

第二部 終神経GnRH細胞におけるGnRHペプチドによるペースメーカー活動の修飾

 第一部の結果より終神経GnRH細胞が示すペースメーカー活動の基本的ペースを形成するメカニズムが明らかになった。そこで次にどのような物質がペースメーカー活動の発火頻度や発火パターンを変化させうるのかを検索し、終神経GnRH細胞自身が分泌するGnRHと同一分子種であるサケ型GnRHが終神経GnRH細胞のペースメーカー活動に影響を及ぼすことを発見した。これは何らかの自己分泌または傍分泌による調節機構が終神経GnRH系に存在することを示唆する。そこで第二部ではサケ型GnRHによるペースメーカー活動の調節の性質を明らかにした。終神経GnRH細胞のペースメーカー活動はサケ型GnRHにより修飾され、その修飾は一過性の発火頻度の減少と続く持続性の発火頻度上昇から成る。このペースメーカー活動の修飾は他のGnRH分子種(mGnRH)によっても引き起こされるが、GnRHの非活性アナログによっては引き起こされず,また先にGnRH受容体のアンタゴニストを投与しておくことで抑制された。さらに、非加水分解型GDPアナログであるGDP-b-Sを含んだパッチ電極内液を用いてGDP-b-Sを細胞内に導入すると、GnRHによるペースメーカー活動の修飾は抑制された。これらの結果は何らかのGタンパク質共役型GnRH受容体が終神経GnRH細胞表面に存在し、この受容体の活性化がペースメーカー活動の修飾を引き起こす細胞内情報伝達機構を賦活化する引き金となっていることを示唆した。



図2:サケ型GnRH(sGnRH)による終神経GnRH細胞のペースメーカー活動の二相性修飾
終神経GnRH細胞のペースメーカー活動は、灌流液中へのsGnRHの投与により投与開始から1〜2分以内に一過性の発火頻度減少(Ab)と続く持続性の発火頻度上昇(Ac)を引き起こす。Bは発火頻度(/秒)を時間軸に対してプロットした結果を示す。

第三部 GnRHペプチドによる終神経GnRH細胞ペースメーカー活動の修飾メカニズム

第三部では第二部で明らかになった終神経GnRH細胞ペースメーカー活動の二相性修飾に関与する細胞内メカニズムを調べた。まず、どのような種類のイオンチャネルがこの二相性修飾に関与しているかを解析したところ、第一部までに明らかにしたペースメーカー活動の基本的ペースを形成していると考えられるTTX耐性持続性Na電流とTEA感受性K電流はsGnRHによってあまり修飾を受けないことが示唆された。そこでこれら以外の電流がsGnRHによる修飾の対象である可能性を考え、電流固定法によりペースメーカー活動におけるCa電流の関与を薬理学的に調べた。まず、電位固定法によりCa電流を単離すると、低閾値で活性化する一過性の内向き電流と高閾値で活性化する持続性の内向き電流が存在することが示唆された。これらのCa電流に対してsGnRHの効果を調べると、高閾値で活性化する持続性の内向き電流の閾値がsGnRHによって過分極側にシフトする傾向を示した。このシフトにより高閾値型Ca電流が活動電位閾値下のペースメーカー活動の脱分極性電流成分として関与しうるようになることがわかった。つまり、この活性化閾値のシフトがCa電流のより小さな脱分極刺激による活性化を可能とし、脱分極性電流量の増大を起こすことで持続性の発火頻度上昇を引き起こすと考えられる。このように、高閾値型Ca電流がsGnRHによって修飾されることにより終神経GnRH細胞ペースメーカー活動が修飾される可能性が示唆された。



図3:終神経GnRH細胞におけるCa電流とそのsGnRHによる修飾
A: 保持電位を-100mVにしてテスト電位を+50mVまでステップ状に変化させたときに見られる電流応答。一過性と持続性の二種類の内向き電流が見られる(a)。200nMsGnRHによりCa電流量の増大が認められる(b)。B:電圧-電流曲線。■は一過性電流のピークにおける電流量を、●は持続性電流の電流量を示す。□、○はそれぞれsGnRHを加えた後の一過性電流と持続性電流の電流量を示す。コントロールでは一過性Ca電流は低閾値(-60mV前後)、持続性Ca電流は高閾値(-20mV前後)で活性化しているがsGnRHにより両者の電流量が増えると共に、持続性電流の活性化の閾値が過分極方向にシフトしていることがわかる。

一方、ペースメーカー活動修飾の初期相では発火頻度が一過性に減少することを先に示したが、パッチ電極内液中に細胞内ストアからのCa放出の阻害剤であるルテニムレッドとヘパリンを加えて記録を行うと、sGnRHによるペースメーカー活動の発火頻度の一過性減少のみが抑制されることが明らかになった。またCa依存性一過性K電流と見られるK電流がsGnRHにより増大することが示唆され、その増大の時間経過(<30秒)がペースメーカー活動の発火頻度の一過性減少が始まるまでの時間経過と一致していた。これらの結果からsGnRHによるペースメーカー活動修飾の初期相では、Gタンパク質共役型受容体の活性化により細胞内ストアからのCa放出が起こって細胞内Ca濃度が上昇し、これによりCa依存性K電流が活性化することでペースメーカー活動の過分極相が増強され頻度が減少するという機構が存在することが考えられた。
これらの結果より、終神経GnRH細胞ペースメーカー活動の二相性の修飾現象では、細胞自身から分泌されたGnRHにより終神経GnRH細胞膜上に存在するGタンパク質共役型GnRH受容体が活性化されることによって、まず細胞内ストアからCaが放出され、Ca依存性K電流が活性化してペースメーカー活動の過分極相が増強されることで初期相の一過性発火頻度減少を起こし、次にCa電流が増加してペースメーカー活動の脱分極相を増強することで続く後期相の発火頻度上昇を起こす、というモデルを提出した。この発火頻度の変化とGnRH放出量変化との相関を直接明らかにすることは現時点では技術的に困難であるが、おそらくこの現象は、神経伝達物質やホルモンの刺激を受けて終神経GnRH細胞同士が正のフィードバック作用で同期発火することによってGnRHの放出促進を引き起こすのに役立っているものと思われる。

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