バーチャルな入力で線虫の行動を自在に制御

発表者

  • 飯野 雄一(本専攻 教授)
  • 國友 博文(本専攻 助教)
  • 佐藤 陽介(本専攻 博士課程2年)
  • 佐藤 博文(本専攻 博士課程2年)
  • 橋本 浩一(東北大学 大学院情報科学研究科システム情報科学専攻 教授)
  • 費 仙鳳(東北文化学園大学 科学技術学部知能情報システム学科 准教授)

概要

線虫C.エレガンスは小規模な神経回路研究のモデル生物で、神経系で記憶や行動などが実現される仕組みを調べるのに用いられています。今回、私たちは線虫の行動を仮想的な感覚入力により自在に操作し、同時に神経系の配線の操作を組み合わせることで、行動出力を生みだす神経回路が状況により使い分けられていることを明らかにしました。

背景

C.エレガンスと呼ばれる線虫は非常に単純な動物で、神経細胞はわずか300個ほどしかありませんが、周囲の状況を記憶し、その記憶をもとに行動します。たとえば線虫にエサとなる大腸菌を特定の濃度の食塩とともに経験させると、エサがないときには以前に経験した食塩濃度を探し求めて移動するようになります(塩走性・塩濃度記憶)。また、この移動に際しては、周囲の濃度勾配を首振り運動で認識しながら緩やかに進行方向を修正する定位行動(風見鶏行動)を行うことが知られています。線虫の極めて単純な神経系でどのように状況認識、記憶、そして行動が実現されているかを調べることで、ネットワークが行いうる情報処理とその原理について明らかにできると期待されています。

本研究の内容

今回私たちは、光を当てると神経細胞に電気信号を発生させるチャネルロドプシン2というツールを用いて、首振り運動に合わせて仮想的な食塩濃度変化を線虫に経験させる実験系を構築しました。これを用いて仮想的な濃度勾配を線虫に与えると線虫は持続的なカーブを行い、バーチャルな感覚情報によって擬似的な風見鶏行動を作り出すことができました。この風見鶏行動は塩濃度記憶とも対応し、線虫の好む食塩濃度を変化させると仮想濃度勾配上で線虫が進む方向も変化しました。神経回路の配線を遺伝学的に操作した線虫の行動をこの実験系で調べたり、あるいは同様の信号入力を回路内の特定の神経細胞に直接与える実験などから、線虫が高濃度の食塩を好む場合と低濃度の食塩を好む場合とで、風見鶏行動を制御する神経回路が異なることを明らかにしました。

今後の展開

以上のように、「状況に応じて制御回路を切り替えて行動出力を生みだす」という制御機構が実際の動物で明らかになりました。また本研究では、線虫にバーチャルな感覚入力を与え、さらに神経回路操作技術とを組み合わせており、今後、同様の手法を用いて、神経ネットワークにおける情報伝達・計算機構の解明がさらに進むものと期待されます。