東京大学グローバルCOE 生体シグナルを基盤とする統合生命学
ホーム > 研究ハイライト > 記憶想起における側頭葉の皮質層間ネットワークの役割を解明

記憶想起における側頭葉の皮質層間ネットワークの役割を解明

(Science 331: 1443–1447, 2011)

我々の日常生活は、ものを覚える、思い出すといった脳の記憶能力によって支えられています。近年、陳述記憶(客観的な事実に関する知識や個人の経験に関係した記憶)は主に大脳の側頭葉が担うことが明らかにされ、霊長類の大脳側頭葉において陳述記憶の内容を蓄える長期記憶ニューロン群が発見されています。しかし、脳内でどのように記憶が読み出されるのかを知るためには、記憶信号がニューロン間をどのように流れるかという「情報の流れ」を調べる必要があります。今回私たちは大脳皮質の層構造に注目し、感覚および記憶想起時の神経信号が側頭葉皮質の層間をどのように流れるかを調べました。過去の研究から大脳皮質が解剖学的に6層構造(I-VI層)をもつこと、初期感覚野では皮質層間を一方向的に情報が流れる (IV層 → II/III層→ V/VI層) ことが知られていましたが、精神機能を担う大脳連合野の皮質層間のネットワークでどのように情報処理が行われるかは明らかでありませんでした。

私たちは、記憶課題遂行中のサルの側頭葉の全ての皮質層から、同時に神経活動を記録しました。そしてサルが図形を見ている期間(刺激呈示期間)と、図形を想起する期間(記憶想起期間)での皮質層間の情報の流れの方向を同定しました。その結果、刺激呈示期間には初期感覚野と同じ向きに信号が流れる(IV層 → II/III層→ V/VI 層)のに対し、記憶想起期間では信号の流れが逆転する(V/VI 層 → II/III層)ことを発見しました。これにより、大脳皮質内のネットワークが皮質内部の信号の流れを目的に応じて自在に操る柔軟性を有する、という精神機能の基礎が明らかになりました。

本GCOEプログラム事業推進担当者
医学系研究科機能生理学専攻教授 宮下保司

大脳皮質は解剖学的に6層(I-VI)からなる。

大脳皮質は解剖学的に6層(I-VI)からなる。(右)本研究から明らかになった側頭葉の皮質層間での情報の流れ。視覚刺激呈示条件ではIV層 → II/III層→ V/VI 層と信号が流れる(緑色矢印)のに対し、記憶想起期間では逆に、V/VI 層 → II/III 層へと流れる(紫色矢印)。