東京大学グローバルCOE 生体シグナルを基盤とする統合生命学
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生命の根幹にかかわるシグナル受容体の細胞内輸送 〜キネシン分子モーターの新しい役割〜

(Ueno H., X. Huang, Y. Tanaka, and N. Hirokawa (2011) KIF16B/Rab14 Molecular Motor Complex Is Critical for Early Embryonic Development by Transporting FGF Receptor. Developmental Cell 20: 60–71)

FGF(線維芽細胞成長因子)は細胞から分泌されるタンパク質で、周囲の細胞表面にあるFGF受容体に結合して増殖・分化シグナルを伝達します。細胞の中で新しく合成されたFGF受容体がどのようにして細胞の表面へと輸送されるかはほとんど不明のままでしたが、今回廣川研究室の上野らは分子モーターの一つ、キネシンスーパーファミリータンパク質KIF16Bの分子遺伝学的解析を通じて、FGF受容体輸送の分子メカニズムとその生理学的意義を解明しました。FGF受容体は、細胞の中心にあるゴルジ装置から膜小胞に乗って細胞膜直下の中継地点、リサイクリング・エンドソームに向かって輸送されます。この膜小胞上のGタンパク質Rab14が活性型になった時、Rab14を介して膜小胞がKIF16B分子モーターに直接結合し、微小管のレール上を輸送されていくことがわかりました。一方、FGFによるシグナル伝達は胎児の発生の初期、私達の体のすべての細胞の大もととなる内細胞塊という部分の分化への役割が示唆されています。ところがKIF16BあるいはRab14の活性が失われたマウス初期胚では、細胞表面のFGF受容体の欠乏によるシグナル伝達の低下の結果、内細胞塊がほとんど分化できず、胎児が全く育たないという重篤な事象が起こりました。今回発見されたKIF16B/Rab14によるFGF受容体の輸送はこのように生命の根幹にかかわるもので、成人病や脳機能などとの関連も示唆されるものです。

本GCOEプログラム事業推進担当者
医学系研究科分子細胞生物学専攻特任教授 廣川信隆

図1 KIF16B分子モーターによるFGF受容体の輸送

図1 KIF16B分子モーターによるFGF受容体の輸送。(A) FGF受容体を積んだ小胞(FGFR vesicle)上のRab14がGTP結合によって活性化することによりKIF16B分子モーターと結合するようになり、微小管(Microtubules)上(+)方向に細胞の周縁に向けて小胞が輸送される。(B, C) FGF受容体の細胞内分布。対照細胞(B)と比べ、KIF16B欠損細胞(C)では(+)方向に輸送されないため、細胞中心部に寄り集まっている。


図2 KIF16B分子モーターによる内細胞塊(ICM)の分化

図2 KIF16B分子モーターによる内細胞塊(ICM)の分化。(A) FGFによるシグナル伝達によってまず内細胞塊(ICM)から胚盤葉下層(Primitive endoderm)が分化して基底膜(Basement membrane)を分泌し、この基底膜がやはりICM由来の胚盤葉上層(Epiblast)の発生を助ける。(B, C) 初期着床胚(受精後5.5日)の切片におけるICMの分化。対照胚(B)では胚盤葉上層(Epi)が分化してシリンダー胚が形成されるのに対し、KIF16B欠損胚(C)ではICMがほとんど分化できないままである。