第1404回生物科学セミナー

発達期における可塑的な神経回路の形成機構

山本亘彦 教授(深圳湾実験室・神経疾病研究所)

2022年11月16日(水)    17:05-18:35  Zoomによるweb講義   

 神経回路の基本構築は発生プログラムによって自律的に形成されるのに対して、細部の神経回路は環境の変化に応じて作り出される。私たちを取り巻く環境の変化は、視覚、聴覚、体性感覚などの感覚を通して、最終的にはニューロンの発火活動やシナプス電位に変換される。すなわち、このような電気的活動(これを神経活動, neuronal activityと呼ぶ)が、ニューロン間の結合性に変化を生じさせる。結合性の変化とは、シナプスにおける伝達物質の放出量や受容体数などの分子レベルの変化だけでなく、軸索末端や樹状突起棘部のシナプス部位の形状の変化、さらには軸索や樹状突起の形態変化にまで及ぶ。さらに、これらの変化は神経活動だけに依存するわけではない。損傷、虚血、病態などによる部分的な脳部位の欠損によっても引き起こされる。私たちは、このような脳の可塑性に興味をもち、これまでに皮質神経回路においてニューロンの神経活動が軸索分岐に促進的に作用すること、それを担う分子機構の存在を明らかにしてきた。次なる興味深い問題としては、神経活動がどのようにして遺伝子発現をコントロールするのか、このメカニズムの破綻が精神神経疾患の病態にどのように作用するのか、といった課題が挙げられる。これらの問題に取組むために、ヒトES/iPS細胞由来の大脳皮質ニューロンにおいて転写調節因子の時空間的動態を1分子イメージング法により解析している。また、可塑性の別の側面として、脳損傷に伴う代償的な神経回路の再編の問題にも着手し、大脳半球除去によって生ずる異所的な投射形成を担う分子機構の一端を明らかにしている。本セミナーでは、これらの結果について紹介し、脳の可塑性を担う分子機構について総括したい。

参考文献
1.Yamada A, Uesaka N, Hayano Y, Tabata, T, Kano M, Yamamoto N (2010) Role of pre- and postsynaptic activity in thalamocortical axon branching. Proc Natl Acad Sci U S A 107: 7562-7567.
2.Yamamoto N, Lopez-Bendito G (2012) Shaping brain connections through spontaneous neural activity. Eur J Neurosci 35:1595-1604.
3.Hayano Y, Sasaki K, Ohmura N, Takemoto M, Maeda Y, Yamashita T, Hata Y, Kitada K, Yamamoto N (2014) Netrin-4 regulates thalamocortical axon branching in an activity-dependent fashion. Proc Natl Acad Sci U S A 111:15226-15331.
4.Kitagawa H, Sugo N, Morimatsu M, Arai Y, Yanagida T, Yamamoto N (2017) Activity-dependent dynamics of the transcription factor CREB in cortical neurons revealed by single-molecule imaging. J Neurosci 37:1-10.
5.Chang L, Masada M, Kojima M, Yamamoto N (2022) Involvement of denervated midbrain-derived factors in the formation of ectopic cortico-mesencephalic projection after hemispherectomy, J Neurosci 42: 749-761.

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・脳機能学研究室