第1370回生物科学セミナー

哺乳類の冬眠の謎に迫る〜シリアンハムスターを用いたアプローチ

山口良文 教授(北海道大学低温科学研究所)

2021年12月08日(水)    17:05-18:35  Zoomによるweb講義   

哺乳類の冬眠は、能動的かつ全身性の代謝抑制により、低代謝・低体温となった状態で、寒冷・飢餓に見舞われる厳しい季節を生き抜く適応戦略である。ヒトやマウスなど多くの哺乳類は長時間の低体温下では臓器機能を保持できず死に至る一方で、一部の哺乳類は10ºC以下の低体温にも耐え長期間の冬眠を行うことができる。この冬眠を可能とする「冬眠能」は、長時間の低体温に伴う臓器障害を防ぐ機構(低温耐性)、備えた白色脂肪を効率的に燃焼する機構(健康肥満)、不動状態で過ごすにも関わらず骨格筋が萎縮しない筋萎縮耐性機構(寝たきり耐性)など、興味深い性質から構成される。冬眠能は、通年発揮される「先天性」性質と、冬眠する時期のみに可塑的に誘導され発揮される「季節性」性質とから為ることが近年の研究から示唆される。「冬眠能の可塑的誘導」という事実は、通常「冬眠能」を持たない状態のヒトなどの非冬眠動物に対しても、冬眠能を構成する性質を部分的にでも誘導し活用できる可能性を示唆する。従って、冬眠能構成因子の分子機構解明は、基礎生物学的興味を満たすのみならず、医学・薬学・健康科学・宇宙科学をはじめ幅広い分野への応用が期待される。しかし、未だその機構は多くが謎に包まれている。私たちは実験室での冬眠研究が比較的容易で遺伝学的解析も可能になりつつある、シリアンハムスターを用いて冬眠の謎に迫るべく研究を行なっており、その一端を冬眠の基礎知識とともに紹介する。
参考文献
Anegawa, D., et al., Hepatic resistance to cold ferroptosis in a mammalian hibernator Syrian hamster depends on effective storage of diet-derived α-tocopherol. Communications Biology. 4:796, 2021.
Chayama, Y., et al., Molecular basis of white adipose tissue remodeling that precedes and coincides with hibernation in the syrian hamster, a food-storing hibernator. Frontiers in Physiology. 9:1973, 2019.
Chayama, Y. et al., Decreases in body temperature and body mass constitute pre-hibernation remodelling in the Syrian golden hamster, a facultative mammalian hibernator. Royal Society Open Science, 3, 160002, 2016.

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・細胞生理化学研究室