第1379回生物科学セミナー

アミノ酸トランスポーターは慢性炎症性疾患治療のブレークスルーとなるか?

反町典子 プロジェクト長(国立国際医療研究センター研究所)

2021年04月22日(木)    16:00-17:00  Zoomによるweb講義   

 炎症は外来異物を排除し、組織を修復するために必要なプロセスである。一方で炎症は、組織傷害を引き起こし、COVID-19後遺症でみられる間質性肺炎のように、時として臓器に不可逆的な機能喪失をもたらす危険な反応である。そのため生体は、炎症を正しく誘導し適切なタイミングで終息させるための複雑な制御機構を有している。こうした制御が破綻することによって慢性化した炎症は、自己免疫疾患やアレルギーといった免疫疾患のみならず、がん、生活習慣病、脳血管疾患など、多くの疾患病態の形成に関わり、炎症をコントロールすることで病態改善がもたらされる疾患も多い。
私たちは、炎症制御の分子基盤を理解することにより、新たな治療標的の同定と治療戦略の作出を目指している。そのために着目しているのがエンドリソソームシステムである。免疫細胞はエンドリソソームシステムを抗原提示や分泌機能、シグナル伝達などに利用しており、そのために細胞種特有のエンドリソソーム制御機構を発達させている。この細胞種特有の制御の中には、広い安全域を有する優れた治療標的が存在する可能性が高い。こうした考えのもとに、GWASや細胞内局在、予想される機能等の情報に基づいて、私たちは免疫細胞のエンドリソソームに優先して発現するプロトン共役型アミノ酸トランスポーターSLC15A3およびSLC15A4を見いだし、その疾患治療標的としての高いポテンシャルを見いだしてきた。
これらトランスポーターは、全身性エリテマトーデスや腸炎をはじめとする、アンメットニーズが高い複数炎症性疾患の発症や増悪を担い、そのため当該分子の欠損はこれら疾患で著しい病態改善をもたらす。SLC15A3、SLC15A4は対象疾患とその作用機序は異なるものの、共通することは、エンドリソソームに依存した代謝や栄養シグナルに重要な役割を果たすという点である。免疫細胞は、栄養状態や酸素分圧が激変する炎症組織でその機能を果たさなくてはならず、定常状態と炎症刺激存在下で代謝を大きく変容させることでそれを可能にしているが、SLC15A3とSLC15A4は免疫細胞が組織環境の変化に対して代謝を適応させるうえで重要な役割を果たしており、そのためこれらトランスポーターを欠損すると炎症応答が持続せずに病態改善がもたらされる。
本セミナーでは、これらトランスポーターによる疾患病態制御のメカニズムについてこれまで得られている私たちの知見を紹介し、これらを標的とした探索的創薬事業と、実臨床に向けた可能性について紹介させていただきたい。

担当 :東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・濡木理