第1337回生物科学セミナー

年輪の安定同位体比からわかること-木材は葉面から吸収した水からできている?-

香川 聡 主任研究員(森林総合研究所木材加工・特性研究領域組織材質研究室)

2020年12月16日(水)    17:05-18:35  Zoomによるweb講義   

 古気候の復元には主に氷床コアや年輪が用いられているが、年輪は1年単位で正確に気温や降水量を復元できるので、特に有史時代の古気候データは年輪を元に作られている(Fritts 1976)。気候復元には年輪幅・密度のほかに、安定同位体比が用いられ、湿潤な日本では特に酸素安定同位体比が古気候復元に有効であることが分かっている。年輪の安定同位体比は、古気候復元以外にも、木材の年代決定・産地推定に利用することができるので、近年は考古学分野での応用が進んでいる。
 世界の他の地域に比べ、日本の樹木年輪の個体差は非常に小さく、同一産地で採取した年輪の酸素・水素同位体比はより類似性の高い変動を示す(中塚2006)。このため、日本では酸素・水素安定同位体比を用いた年輪年代学の研究が活発である。日本産年輪の酸素・水素同位体比の類似性が比較的大きい理由として、梅雨期のある湿潤な日本では、葉面吸収(Foliar water uptake)された降水が、木材形成に利用されるからという理由がある。スギの葉面から吸収された水および根から吸収された水を重い酸素同位体を多く含む重水と、重い水素同位体を含む重水で別々に標識したところ、梅雨期に形成される木材を構成する酸素・水素の約半分が葉面吸収水起源、残りの半分が根吸収水起源であることが明らかにされている(香川、未発表)。

参考文献
中塚武(2006)「樹木年輪セルロースの酸素同位体比による古気候の復元を目指して」低温科学 65, 49-56, 2006

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・植物生態学研究室