第1332回生物科学セミナー

フィールド・エピジェネティクス:ヒストン修飾による植物の季節応答

工藤 洋 教授(京都大学生態学研究センター)

2020年09月30日(水)    17:05-18:35  Zoomによるweb講義   

植物は複雑に変動する環境下で様々な機能を作動させている。その機能が誤作動していては、自然界で生きていくことは難しい。そのため、これらの機能を支える遺伝子の働きは、自然の複雑な状況下で能力を発揮するようなしくみを持つはずである。分子遺伝学的手法の発達とともに、遺伝子の働きを自然の生育地で研究することができるようになり、そのような研究を、イン・ナチュラ研究とよぶ。本講演では、遺伝子発現とその調節機構の季節応答に焦点を当てて、アブラナ科シロイヌナズナ属の多年草ハクサンハタザオ(Arabidopsis halleri subsp. gemmifera)の長期研究サイトから、ヒストン修飾の研究を紹介する。フェノロジーとは、季節に応じて見られる生物現象のことを指すが、植物では開花・結実・展葉などを対象とした研究がなされてきた。遺伝子の発現やその調節機構にも季節性があり、それが分子フェノロジーである。ハクサンハタザオの自然集団 を対象に、2005年に調査地を設置し、一週間に一度の調査を継続してきた。定量PCR、RNA-Seq、ChIP-qPCR、ChIP-Seq (クロマチン免疫沈降+定量PCR/次世代シーケンシング)を用いて、高解像度分子フェノロジーデータを取得する研究を進めた。その結果、植物の遺伝子発現が複雑な自然環境から必要なシグナルのみを取り出して、頑健に調節されていることが明らかとなった。例えば、花成抑制遺伝子FLC(FLOWERING LOCUS C)が過去6週間の低温を記憶するかのように調節されることが示されていたが、代表的なエピジェネティック修飾である抑制型ヒストン修飾H3K27me3(3番ヒストンタンパク質のテール状構造における27番目のアミノ酸リシンのメチル化)がこの長期の応答と関連することが示された。さらに、野外条件においてChIP-Seqを行うことが可能となり、ゲノムワイドな研究が可能となった。現在、複数のヒストン修飾について同時に2年間隔週のデータを取得するプロジェクトが進行中である(CREST)。それらの結果より、最新の知見を紹介する。

参考文献
1 Kudoh H (2016) Molecular phenology in plants: in natura systems biology for the comprehensive understanding of seasonal responses under natural environments. New Phytologist 210: 399-412.
2 Nagano AJ, Kawagoe T, Sugisaka J, Honjo MN, Iwayama K, Kudoh, H (2019) Annual transcriptome dynamics in natural environments reveals plant seasonal adaptation. Nature Plants 5: 74–83.
3 Nishio H, Buzas DM, Nagano AJ, Iwayama K, Ushio M, Kudoh H (2020) Repressive chromatin modification underpins the long-term expression trend of a perennial flowering gene in nature. Nature Communications 11, 2065.

担当: 東京大学大学院理学系研究科・生物科学専攻・遺伝学研究室