第1275回生物科学セミナー

形の理論生物学:細胞競合とボディプランの揺らぎ

藤本 仰一 准教授(大阪大学 理学研究科)

2020年01月21日(火)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

細胞と個体の「形」とその「揺らぎ」に焦点を当てて、動物および植物を用いた私たちの理論研究を紹介する。
細胞競合: ガンのごく初期には、前がん細胞が周囲の正常細胞に細胞死をひき起こした後に、細胞死で失われた「領地」を前がん細胞が占有する。我々は細胞間に働く力に注目して、前がん細胞と正常細胞の「領地争い」の多細胞力学シミュレーションを行ってきた。従来の予想(前がん細胞の速い分裂による領地占有)と異なり、前がん細胞は分裂を介さずに面積の拡大により細胞死で失われた空間を占有することを見出した。その仕組みとして、正常細胞と前ガン細胞の増殖速度差に依存して死ぬ細胞が異方的に変形し、死細胞の異方性が隣接関係の再配置(Cell intercalation)にバイアスを生じた結果、前がん細胞が優先的に面積拡大することを明らかにした。これらの理論的予測を検証するために、ショウジョウバエ上皮組織へ前がん細胞のクロン(Yki/YAP活性化, RasV12)を誘導し、正常細胞との領地をめぐる競合過程をライブ観察した。細胞死周辺の細胞の面積や隣接関係の経時変化を定量した結果、これらの予測を確かめた。本研究で示した細胞死後の勝者(前がん細胞)優先的な組織占有メカニズムは、腫瘍が空間的な制約を受けつつも急速にその領地を広げる原理の理解につながると考えられる[1]。
ボディプランの揺らぎ: 動植物の器官の数と空間的配置の対称性は系統を代表する形態であるにもかかわらず、これらの調節ロジックはあまり理解されていない。私たちは、花器官が特定の数(真正双子葉植物における4あるいは5)に決まる発生基盤を、数理モデルと野外調査の両面から明らかにしてきた[2]。また、左右対称な花器官配置については、被子植物の多様性を包括する発生基盤を数理モデルから予測した[3]。さらに、これら代表的な器官配置が揺らぐこと(種内多型)を、動植物双方で見出した。花器官(キンポウゲ科Anemone属とEranthis属の萼片)を過剰に持つ花では、幾何学的に可能な花器官配置が多数あるにもかかわらず、現実にはらせん状と同心円状の2型のみが種内で共存していた。この制約された揺らぎは器官配置の発生過程に起因することを数理モデルから見出した。刺胞動物タテジマイソギンチャク(Diadumene lineata)では、器官(隔膜と筋肉)配置の左右対称性と放射対称性が種内で共存することを、私たちは見出した。祖先的な花のボディプランはらせん配置と同心円配置のどちらか、また、祖先的な動物は放射対称と左右対称のどちらかは、議論が絶えない。一方で私たちの知見は、制約された揺らぎからボディプランが多様化しうるという新たな進化の可能性を示唆している。
参考文献
[1] Tsuboi A., Ohsawa S., Umetsu D., Sando Y., Kuranaga E., Igaki T., Fujimoto K. Competition for space is controlled by apoptosis-induced change of local epithelial topology. Curr. Biol. (2018) 28(13): 2115-2128.
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(18)30631-6
[2] 北沢美帆, 藤本仰一, 花の器官数を決める数理. 生物物理 (2019) 59(5) 266-270.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/59/5/59_266/_article/-char/ja/
[3] Nakagawa A.#, Kitazawa MS. #, Fujimoto K. A design principle for floral organ number and arrangement in flowers with bilateral symmetry. Development (2020) in press.