第1311回生物科学セミナー

新規の膜電位イメージング法による感覚と運動に関わるヒル神経節ニューロン集団活動の網羅的解析

冨菜 雄介 博士(慶應義塾大学理工学部生命情報学科)

2019年11月13日(水)    16:30-17:30  理学部3号館 303号室   

動物の脳は知覚や運動制御をどのように実現するのだろうか。中枢神経系の複雑な神経回
路ネットワークの解剖学的な知見とその機能を統合的に理解することは、まさにその第一歩で
ある。感覚受容から運動出力に至る神経経路において、個々のニューロンがリアルタイムでど
のように機能するのかという問いに迫るため、単一ニューロンの電気的活動の記録や操作が簡
便な無脊椎動物が利用されてきた。その代表例がチスイビル類(Hirudo verbana またはHirudo
medicinalis)であり、電気生理学の黎明期から半世紀にわたって今日まで利用されている。ヒル
の中枢神経系は頭部・尾部の神経節とその間に並ぶほぼ相同な21個の体節神経節からなる。
体節神経節は背側と腹側の表面に整然と分布する左右対称な約200対のニューロンから構成
され(総計400個程度)、そのうち300個が同定され固有の名称がつけられている。講演者は
Wagenaar 研究室(カリフォルニア工科大学)において、このヒル神経節の特性を生かした新規な
網羅的膜電位イメージング法を確立し、これを複数のテーマにおいて適用してきた。
本セミナーでは、日本国内ではそれほどなじみのない実験動物としてのヒルと、この網羅的膜
電位イメージング法ついて紹介するとともに、(1)種々の仮想行動時(遊泳・這行・局所湾曲
反射)に動員されるニューロン群のマッピング、(2)多種の機械感覚刺激(接触・圧・侵
害)に応答するニューロン群のマッピング、(3)神経節コネクトームとの融合、について
講演する。(1)(2)では、従来考えられていた以上に多数のニューロン群がそれぞれの
仮想行動時や機械感覚刺激において動員され、その多くが複数の行動間および複数の
機械感覚間において共通することが判明した。(3)では、網羅的膜電位イメージング法
を適用したまさに同一の神経節に対してSEM 連続断面観察法を適用することで“機能的
なコネクトームデータベース”の作成を進めてきた。現在までに、複数の行動に関わる単
一の運動ニューロンを三次元再構築し、これに接続する前シナプスニューロン群を同定
したところ、それぞれのシナプス接続数と仮想遊泳時のコヒーレンス値との相関性が認
められた。