第1267回生物科学セミナー

植物の初期発生に見る代謝と細胞分化の相互制御

Ferjani Ali 准教授(東京大学大学院総合文化研究科)

2019年10月16日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

植物の器官形成は、それを構成する細胞の数とサイズの頑健な制御の下にある。私たちは、葉の細胞数とサイズとの関係に関する「補償作用」という現象を手がかりに、その解析を進めてきた。「補償作用」とは、葉原基で細胞増殖活性の低下が起きた場合、それを引き金として起こる細胞の異常肥大現象のことで、その理解は葉のサイズ制御機構の鍵と考えられる。そこで私たちは、葉器官サイズ制御の根軸にある細胞間相互作用の分子基盤を解明する目的で、補償作用を示す変異体を独自に多数単離し、その原因遺伝子の機能解明を進めてきた。その過程でまず、細胞伸長パターンに基づいて補償作用を三つのクラスに分類することを提唱した (Class I; Ⅱ; Ⅲ)。さらに、液胞膜局在型H⁺-PPase (ピロリン酸の分解酵素)の欠損株であるfugu5変異体の子葉の解析を通して、Class Ⅱ補償作用の引き金となる柵状組織の細胞数減少の原因は、種子の貯蔵脂質からの糖新生が、過剰なピロリン酸(PPi)によって阻害されるためであることを突き止めた。このことから、植物におけるH⁺-PPaseの重要な役割は、液胞の酸性化よりもPPiの除去にあることが明らかになった。さらに、細胞の肥大化をもたらす機構を解明するため、fugu5のサプレッサースクリーニングを行なった。その解析の結果、fugu5の細胞肥大はEnoyl-CoA Hydratase 2 (ECH2;不飽和脂肪酸分解を担う酵素) に依存していること、その過程でオーキシンの前駆体であるインドール-3-酪酸 (IBA) をインドール-3-酢酸 (オーキシン;IAA) への変換が重要であること、さらにfugu5の細胞肥大は、ARF7 ARF19を介したオーキシン応答により引き起こされることなどが、強く示唆された。今回のセミナーでは上述の知見に加え、過剰なPPiが表皮細胞の形態、気孔のパターニングや開閉に及ぼす影響に触れ、PPiの過剰蓄積が引き起こす多面的な表現型に関する時空間的解析について、最新の結果を紹介する予定である。

参考文献
Asaoka, M. et al. (2019) Plant Cell Physiol., 60:875-887
Ferjani, A. et al. (2018) Sci. Rep., 8:14696
Segami, S. et al. 2018) Plant Cell, 30:1040-1061
Takahashi, K. et al. (2017) Plant Cell Physiol., 58:668-678
Ferjani, A. et al. (2011) Plant Cell, 23:2895-2908
Ferjani, A. et al. (2007) Plant Physiol., 144:988-999