第1274回生物科学セミナー

森林生態系の繁殖フェノロジー

佐竹 暁子 教授(九州大学大学院理学研究院)

2019年09月19日(木)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

四季の明瞭な地域では生物は種毎に決まった季節に繁殖を行う。このような生物の季節的活動をフェノロジーと呼ぶ。赤道付近に位置する熱帯雨林は、日本のように四季の明瞭な地域とは異なり年中湿潤で環境の変化が小さいにも関わらず、フタバガキ科に代表される東南アジアの植物はなんらかの環境シグナルを手がかりとして数年に一度100種を超える植物が一斉に同調して開花し子孫を残す。熱帯雨林でみられるこの壮大な一斉開花を引き起こす環境シグナルは何かについて、これまで盛んに議論がなされてきたものの、長い間解決されないままであった。一斉開花でみられるような繁殖フェノロジーの年変動は、冷温帯林を優占するブナや照葉樹林の主要樹種であるカシやシイ類にも見られ、古くから豊凶現象として知られていた。しかし花量や種子量の年変動が生じるメカニズムについては、多くの仮説が提案されてきたものの変動を生み出す原因となる環境応答性については未解明のままであった。
私達は、長年謎とされてきた一斉開花および豊凶現象のメカニズムを解き明かすことを目標に研究を推進してきた。植物が開花に至る背後には、長い進化の過程で形作られた緻密な遺伝子制御ネットワークが存在する。それは日の長さや温度そして栄養状態などの環境が整ったタイミングで花組織を形作る遺伝子群を発現させ、開花を誘導することに役立っている。本セミナーでは、生活史と生息環境の異なる植物を対象に遺伝子発現を野外でモニタリングし観測データを数理モデルと融合させることによって、数年に一度大規模に開花・結実する一斉開花現象やブナ林の豊凶現象の仕組みの一部を解き明かした成果を発表する。現在伐採などで規模が縮小されている熱帯生態系や地球環境変動に直面する森林生態系の将来を予測するアプローチについても紹介したい。