第1289回生物科学セミナー

情報量からのシステム生物学へのアプローチ

宇田 新介 准教授(九州大学 生体防御医学研究所 トランスオミクス医学研究センター 統合オミクス分野)

2019年07月31日(水)    17:00-18:30  理学部3号館 412号室   

シャノンによってもたらされた情報理論は,通信などの工学的分野のみに留まらず数理科学の広い分野に影響を与え続けており,システム生物学もその例外ではない.本セミナーでは,情報量をシステム生物学に応用した進行中の2つの研究テーマについて話す.
(Ⅰ)条件付き相互情報量は,分子種間に生じる相互作用を統計的観点から計ることに適した理想的な尺度であり,遺伝子ネットワークの推定などに応用できる.しかし,その評価にはデータの次元数に応じた多重積分を要するため,分子種数が10^2オーダーを超えるオミクスデータでは一般に評価が困難になる.困難を解消するため本研究では,不等分散を仮定したカーネルリッジ回帰モデルの残差から条件付き相互情報量を近似的に評価する手法を提案する.他に近似的評価として,k-近傍法に基づく手法などがあるが,本提案手法では並び替え検定が容易に行える利点がある.
(Ⅱ)1型糖尿病の治療法のひとつに ,Sensor Augmented Pump(SAP)療法 がある.SAP療法では,持続血糖測定センサーによって治療対象者の血糖値が持続的に測定される.一方,血糖値の変動には糖の摂取以外にも交感神経を介したホルモンの分泌が関わっており,交感神経の活動指標は心拍変動から見積もることができる.従って,心拍変動は血糖値と統計的な関連があることが期待される.本研究では,SAP療法中の1型糖尿病患者より得た血糖値と心拍変動のデータを情報量的アプローチから解析し,30分程度先の血糖値を予測する上で心拍変動データが有効に活用できる可能性が示唆された.(本研究は,慶應義塾大学医学部 小谷紀子氏,目黒周氏および伊藤裕氏との共同研究である.)