第1293回生物科学セミナー

一個の遺伝子が決める巻貝の左右巻型の謎

黒田玲子先生(中部大学特任教授・東京大学名誉教授)

2019年06月21日(金)    15:00-16:00  理学部1号館中央棟 340号室   

生命世界が分子レベルでホモキラルであることは、地球上での最初の生命誕生の謎の鍵を握るものであり、また、右型か左型かによってキラル化合物の味、香り、薬効等が大きく異なる例があることから産業界においても重要な課題である。そのもの自体は、鏡像関係であること以外は全く同じ性質を示すが、他のキラルなものとの相互作用で差が生じるという優れた特徴を利用して、キラリティーを介して自然界の謎を解明する研究を長らく手掛けてきた。固体状態における有機化合物や金属錯体のキラル認識・転写・創生・増幅、さらに凝集状態のCD(円二色性)スペクトルを偽信号の混入なく測定できる世界唯一のキラル分光計を開発し1(特許取得)、ポルフィリンの凝集、βーアミロイド2、ススメバチシルク3の凝集状態での2次構造変換等を調べてきた。
今回のセミナーでは、一個の遺伝子から生物個体へと階層を超えた巻貝の発生生物の研究に絞ってお話させていただく。巻貝の巻型が1個の遺伝子によって決まっていると1世紀前に提唱されたが、これはDNA発見の前である。天然に左右両巻が存在すること、母性遺伝であること、自家・他家両受精をすること、雌雄同体であることなどの特徴を持った淡水産巻貝Lymnaea stagnalisを対象に選び、巻型決定遺伝子の同定とそのメカニズムの解明に挑戦してきた。1遺伝子(座)によって決まることを確立し4、また、4細胞期から8細胞期になる卵割時に細胞の位置関係を物理的に逆転させると、一代限り、遺伝子とは逆の巻型の貝に成長することを示した5。その後、ポジショナルクローニングから巻型決定遺伝子の最強遺伝子候補を決めたが6、今回、その1個の遺伝子をCRISPR/Cas9でノックアウトすると、右巻きになるはずの貝が代々左巻きになることを実証した7。アクチンの伸長に関わる、多くの生物が持っている基本的なタンパクであり、そのメカニズムを明らかにしていく予定である。さらに、この遺伝子によって既に受精卵期に左右性が決まっていることも発見したが、細胞極性、生命世界のホモキラリティーとの関係も探求したいと考えている。

1. Kuroda, Harada, Shindo, Rev. Sci. Instruments, 72(10), 3802 (2001); Harada, Hayakawa, Kuroda, ibid, 79, 073103-6 (2008); Harada, Miyoshi, Kuroda, ibid, 80, 046101 (2009).
2. Harada and Kuroda, Biopolymers, 95, 127 (2011).
3. Kuroda and Kameda, Chirality, 50(3), 541 (2018).
4. Kuroda, Quarterly Reviews of Biophysics, Discovery, 48(4), 445 (2015).
5. Kuroda et al., Nature, 462, 790 (2009).
6. Kuroda et al., Scientific Reports, 6, 34809 (2016).
7. Abe and Kuroda, Development, 146(9) Dev175976 (2019).