第1285回生物科学セミナー

消化管ホルモン分泌調節機構の可視化解析

坪井 貴司 教授(東京大学 大学院総合文化研究科)

2019年06月18日(火)    17:00-18:30  理学部3号館 412号室   

 消化管は、消化酵素の分泌によって栄養吸収を行い、体内のエネルギーバランスを保つだけでなく、血液中や消化管管腔内の環境変化に応じて多種多様の消化管ホルモンを分泌し、全身の神経系、免疫系、内分泌系の機能を調節し、生体恒常性維持に関与しています。消化管に存在するさまざまな内分泌細胞のうち、主に小腸下部に分布する小腸内分泌L細胞は、グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1: GLP-1)と呼ばれるホルモンを分泌します。小腸内分泌L細胞からのGLP-1分泌は、消化管管腔内の栄養素や腸内細菌代謝産物、小腸に分布する粘膜下神経叢由来の神経伝達物質や血中のホルモンなどの生理活性物質によって制御されていることが最近明らかになりつつあります。分泌されたGLP-1は、膵β細胞に作用してグルコース濃度依存的に起こるインスリン分泌反応を促進するほか、迷走神経を介して中枢神経系にも作用し、摂食行動を抑制します。そのため、GLP-1受容体作動薬やGLP-1を分解するジぺプチジルペプチダーゼ4の阻害剤が2型糖尿病の治療薬として現在臨床で使用されています。しかし、小腸内分泌L細胞は小腸上皮に数%しか存在しないため、小腸内分泌L細胞が、血液中や消化管管腔内の環境変化をどのように感受してGLP-1を分泌するのか、その詳細な機構については解明されていません。そこで我々の研究室では、小腸内分泌L細胞の生理機能を高時空間分解能で解析できる生細胞イメージング手法を開発し、GLP-1を含めた消化管ホルモンによる生体恒常性維持機構の解明を目指しています。
 我々の研究室では、小腸内分泌L細胞の活動を調節する重要な分子であるcAMP、cGMP、ATP、グルコースの機能を解明するため、蛍光タンパク質を改変し、cAMP、cGMP、ATP、グルコースの濃度変化によってその蛍光輝度が変化する新たなタンパク質(分子スパイプローブ)を開発しました。これらの分子スパイプローブを用いて、ストレスホルモンの一種アドレナリン、肥満症発症に伴って血中濃度が増加するリゾリン脂質、苦味物質の一種キニーネや腸内細菌代謝産物の一種S-エクオール、そしてアミノ酸の一種であるL-オルニチンによって、どのような制御機構でGLP-1が小腸内分泌L細胞から分泌されるのかについて紹介いたします。